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 歴史散策 
 約2.5〜3時間 
2001年NHK大河ドラマ「北条時宗」にちなんで
北条時宗ゆかりの地を訪ねる




コース内容


2001年NHKの大河ドラマ「北条時宗」の舞台・鎌倉を再発見。今から700年前、文永・弘安の二度にわたる蒙古軍の来襲という国難を乗り越えた時の執権・北条時宗ゆかりの地を訪ねてみましょう。

北鎌倉駅→徒歩1分→円覚寺→徒歩3分→仏日庵→徒歩5分→東慶寺→徒歩5分→浄智寺→徒歩5分→明月院→徒歩10分→建長寺→徒歩15分→北鎌倉駅


歩きはじめは北鎌倉駅



時宗ゆかりの地は北鎌倉に多くあります。北鎌倉駅から出発しましょう。


円覚寺は駅のすぐそば



円覚寺は鎌倉五山第2位の寺格をもつ時宗ゆかりの寺です。蒙古との戦いで殉じた両軍死者の菩提を弔い、禅道を広め、時宗の師仏光国使(無学祖元)への報恩の念から時宗が建立しました。


仏日庵(ぶつにちあん)


円覚寺の数多くある塔頭の一つで、唯一観光客に開放されている庵です。時宗の廟所になります。時宗は現在の廟所の位置に小さな庵をむすび禅の修行をしていました。その時に信仰されていた観音像(鎌倉観音霊場第三十三番)も現存し、今なお多くの人々の祈願信仰(入学祈願等)の対象になっています。

境内の深紅の野点傘の下でお抹茶を飲むことができます。一服お茶を飲む一時、目を閉じればそこはもう昔の世界…。





東慶寺に移動です


東慶寺は、弘安8年(1285年)に時宗夫人の覚山尼(かくざんに)が息子・北条貞時を開基として建てた寺です。「かけこみ寺」「縁切り寺」と呼ばれています。覚山尼が定めた男子禁制の縁切寺法のもとに多くの女性を救った寺です。歴代の住持は、後醍醐天皇の皇女の用堂尼や豊臣秀頼の娘だった天秀尼などの名門の子女が多いことでも有名です。

覚山尼は仏門に入る前は堀内殿と呼ばれていました。父は安達義景、母は北条政子の弟・北条時房の娘です。叔母にあたる松下禅尼は、夫時宗の祖母でもあり時宗夫人になってからは外伯母にあたります。時宗と結婚したのは堀内殿10歳、時宗11歳の時。弘安7年(1284年)夫時宗が34歳の若さで亡くなった時、無学祖元に頼んで落髪付衣、「潮音院覚山志道」の法名をうけました。翌年、東慶寺を開創。嘉元4年(1306年)54歳で逝きました。




覚山尼の墓があります


次は浄智寺です



浄智寺は、鎌倉五山第4位。開基は北条時宗の弟・宗政の夫人と子の師時で、宗政の菩提のために建立しました。開山は、建長寺二世住持となった庵普寧です。


明月院に寄りましょう


明月院は、北条時頼の建てた最明寺を時宗が再興した禅興寺の塔頭の一つとして創建されました。禅興寺は明治の初頭に廃寺となり、明月院だけが現存しています。明月院の開基は関東管領の上杉憲方、開山は密室守厳です。上杉憲方の法号は明月院といいました。境内に北条時頼公墓所、上杉憲方公墓所があります。「あじさい寺」としても有名ですね。

北条時宗の父、第5代執権北条時頼は北条氏の中興の祖でした。中小御家人や庶民に対する保護政策を行い、「善政」として評価され廻国伝説も生まれました。なかでも謡曲「鉢の木」は有名。




北条時頼公の墓


建長寺にも足をのばします



建長寺は、鎌倉五山第1位。開基は鎌倉幕府五代執権・北条時頼、開山は蘭渓道隆(大覚禅師)です。時頼は仏教に深く帰依し各地から名僧を招いて学び禅宗に傾倒し、のちに出家して諸国を歩いたといわれています。開山の宋の禅僧道隆の禅は純粋で厳格な宋朝の禅と言われており、そのままの禅風を学ぶために建てられた禅宗専門道場が建長寺になります。


お疲れさまでした(北鎌倉駅)



建長寺から北鎌倉駅までは、のんびり歩いて20分程です。気をつけてお帰りください。




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