トップ鎌倉を楽しむ 鎌倉の歩き方 



お寺巡りなど鎌倉を散策するためのモデルプランをご紹介します。 ▲コース一覧へ




 歴史散策 
 約5〜6時間 
太平記の舞台となる足利氏ゆかりの寺々をめぐる




コース内容


覚園寺の拝観は、時間指定・時間厳守です。仏像を間近で見ることが出来ます。散策時間がかなり長くなりますので、歩くのに自信のある方におすすめ。

鎌倉駅東口→徒歩15分→東勝寺跡→徒歩1分→腹切りやぐら→徒歩7分→宝戒寺→徒歩8分→大蔵幕府跡→徒歩5分→荏柄天神→徒歩5分→鎌倉宮→徒歩9分→覚園寺→徒歩35分→浄妙寺→徒歩4分→報国寺→バス15分→鎌倉駅東口


東勝寺橋




東勝寺橋から滑川をみる
鎌倉警察署の前の信号で若宮大路を横切ってすすむと昔のメインストリート小町大路に出ます。そこを左折、日蓮上人辻説法の跡や妙隆寺をへて150mほどいったところを右折し、暫く行くと鎌倉らしさを感じるな滑川にかかる東勝寺橋に出ます。お奨めの鎌倉の原風景の一つです。そして橋を渡り150mほど登っていったところに「東勝寺跡」があります。


東勝寺跡



1333年(元弘3年)5月22日に新田義貞の鎌倉攻めにより屋敷を焼かれた北条高時が一族郎党をこの寺院に集め、堂に火をかけて一族郎党800人ともに自害したといわれています。ここが北条得宋家・鎌倉幕府の終焉の地です。


腹切りやぐら



「東勝寺旧蹟」とかかれた石碑の左手に「腹切りやぐら」があり、北条高時の墓と伝えられている石を積んだ塔が、建っています。また、この入り口付近に、「この付近は淨域につき参拝・供養以外立ち入を禁ずる」という立て札が、朽ちて立っています。鎌倉の人は暗くなってからはあまりこの付近には近寄らないようです。


宝戒寺



小町大路に戻って鶴岡八幡宮前からの道と交差するところに、宝戒寺があります。鎌倉時代の執権であった北条市の屋敷があったところといわれています。北条氏滅亡の後、北条高時の霊を慰めるために、後醍醐天皇が足利尊氏に命じて寺を建てさせ宝戒寺と名付けたといわれています。鎌倉の萩寺と呼ばれているように、9月の中旬くらいから、白い萩が咲き乱れ、また同時に、彼岸花も赤ではなく白いクリーム色の彼岸花も咲き乱れます。境内の本堂左手に2月に咲く梅も見事です。


大蔵幕府跡




大蔵幕府跡の石碑
清泉小学校の西の角に大蔵幕府跡という石碑があります。これは、源頼朝屋敷跡で武家政治の中心だったところです。屋敷の四方に門があり、この付近は今でも西御門という地名が付いています。


荏柄天神社




荏柄天神入り口
荏柄天神社は、学問の神様として知られている菅原道真公を祀っています。そのため、入学試験シーズンともなると、合格を祈願する多くの学生さんや父兄の方で賑わいます。2月の梅のシーズンになると、境内で鎌倉一の梅を見ることが出来ます。


鎌倉宮(大塔宮)



大塔宮(鎌倉宮)は、1869年(明治二年)、明治天皇が創建した神社で、天皇自ら創建した神社は鎌倉宮だけです。祭神は後醍醐天皇の第三皇子で鎌倉幕府打倒に貢献し、建武の新政で征夷大将軍となった大塔宮護良親王です。地元の人々は、鎌倉宮というよりも大塔宮と呼んでいます。




覚園寺


鎌倉宮の鳥居の前を左に600Mほど谷戸に入ったつきあたりに覚園寺があります。第九代執権北条貞時が元寇が起こらぬ事を祈って心慧上人を開山とした寺で、北条氏滅亡後は足利氏の祈願所として栄えた。藁葺きの薬師堂の天井の梁に尊氏自筆の銘が残っている。また、安置されている運慶作といわれている薬師如来は、鎌倉を代表する名仏で国の重要文化財に指定されている。

以前は、境内の一部しか入れなかったが現在では拝観は時間を区切って行われている。拝観は、お寺の方が案内してくれる。境内は、有料拝観地域の撮影は禁止されている。薬師堂の中も見ることが出来、身近に仏像を見ることが出来るのは鎌倉では希有なことです。
愛染堂・薬師堂・江戸中期の農家で旧内海家住宅・石仏やぐら・地蔵堂(黒地蔵)の順に案内されます。





浄妙寺



浄妙寺は、鎌倉五山第五位の名刹。初めは真言宗で東の極楽寺といわれていましたが、後に臨済宗に改められた。足利氏ゆかりの寺で、中興開基、足利貞氏が眠っている。最盛期には、23の塔頭があったといわれている。


報国寺



報国寺は、鎌倉公方足利氏の菩提寺で、足利尊氏の祖父・家時が創建した寺。竹寺として有名です。
毎週日曜日の午前7時30分〜11時ごろまで、座禅会が開かれています。初心者にも坐禅を親切に指導してくれます。参加希望者は時間厳守で直接お寺へ。




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