トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第135号 


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もちださんの鎌倉リポート No.135(2015年5月17日)



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銀杏の森・2



遊行寺の大イチョウ(藤沢市)
 鎌倉にはとくに古木が多いわけではなく、「かながわの名木」でのこるものは4つ。建長寺のイブキ、覚園寺のマキ、光則寺の海棠、前項・坂ノ下のタブノキ。市の天然記念物にはべつに30件ほどのせられているが、首都圏の郊外都市としてはまあふつう。

 東北震災の一年前、自然倒壊した八幡宮の大イチョウとともに、クローン培養がこころみられているのが安国論寺の「妙法桜」。下写真、御小庵のみぎにのこっている、といえばいるのだけれど、ひこ生えからそだった若い枝があるだけで、本体はすでに枯死し朽木となって根元にちいさくわだかまっているだけなので、樹齢は不明。


 これは市原虎の尾、という里桜の一種で、枝を横にひくくのばすのだが、伝説では日蓮聖人が突き刺した杖、というわけで「逆木だから縦にのびない」のだとされてきた。

 突然変異をくりかえす変化朝顔なんかはともかくとして、めずらしい種類の木をみつけだすのはながい時間をかけ広い地域を捜索するひつようがある。しかも珍種は劣性遺伝である場合が多いので、そのままでは消えてしまう。そこで挿し木や接ぎ木の手法でクローンをふやしたり、丈夫な品種とのハイブリット(交配種hybrid)をつくっておき一代交配で増やすなどして、必要な遺伝子を保存していかなければならない。



常光寺のカヤ(藤沢市)
 そのいみで、品種というのはいまに継続した文化なのだ。戦乱などで保存がとだえると、永遠に消えてしまう。その営為を無視して何万年前かしらない源流のみを安易に思い描いてみても、らっきょうの中心に実をもとめるようなもの。いぜん「田祭り」の項で米の品種についてふれたけれど、たとえば酒の麹についても、「麹座」というのがふるくからあった。

 「清酒のルーツは中国」「朝鮮半島を経由してつたわった」などと、もっともらしいでまかせを言ってきた過去の「学説」は、しだいに色をうしないつつある。大陸では麹カビは使わないため、たとえば東南アジアから蒸留酒の技術などがはいってきても、外来種の麹はまったく定着しなかった。ぎゃくに旧植民地で例外的につかわれてきた黄麹カビが戦時中、外地に頒布した国内業者の河内株をいまだに使用していた、と判明したりする。もともとその国には、麹カビなどなかったのだ。



白旗神社の弁慶松(藤沢市)
 松の木は、ふるくから松煙墨や松明(続松)などにもちいられた。文人の象徴として大夫の位とみなされたのは、文具にゆかりがあったからだろう。常緑樹でもあることから不老不死、長寿の象徴ともされ「子の日(根延び)」などという年中行事もあったという。縁起のいい「姫小松」とはいわゆる五葉松のことらしい。

 松明には着火材として日本原産の硫黄がぬられた。ギリシア火、として知られる火薬はいまでいう花火のようなものだったが、硫黄を大陸にさかんに輸出していたのは火山国である日本だった。黒色火薬の、黒鉛のかわりに松煙を配合したものが、いわゆる「せんこう花火」。対馬や石見では、銀の精錬(灰吹き)にもつかわれた。

 震災の計画停電でかつやくしたロウソクは、かつて蜂蜜から分離する希少な蜜蝋がつかわれていた。いわゆる「和ろうそく」は、ウルシやハゼノキを原料として発展。楮を多用する和紙と違って中国の伝統紙はおもに竹などを素材とする。



荏田真福寺のカヤ(横浜市)
 カヤ(榧)の木は「栢」とも書き、仏像の素材・白檀の代用としてひろくもちいられた。ちなみに仏壇に用いる黒檀は柿のなかまで、日本の柿も古木になると心材に黒味を生じ、黒柿として珍重される。桐は琴の素材とされた。

 トチの実は染料となるほか、縄文クッキーの原料ともなる、ふるくからの救慌食物。水につけてアクをぬくひつようがあるため、そのまま埋まったのが発見されることがある。戦中戦後の欠食時代にもトチ餅として役立ったし、韓国ではいまも嗜好品としてたべられているらしい。クリや米、トマトにジャガイモ、もとはちいさな実だったものが、何万年もかけて人類に選別され進化した。ひかくてき大きな実をつけるトチの木にも、そんな歴史があったにちがいない。



犬懸谷
 戦後の木材需要から、杉やヒノキのたぐいが大量に植えられて、山の環境はおおきくかわった。公園になったところでも、かつてジャングル状に自生していたアケビや山吹なんかを整理して、ちょっと作りものめいた、見栄えのいいべつの樹木にすげかえる。

「鎌倉の杉は赤味がつよくて船板材としては最上だった」(浄明寺地区「としよりのはなし」)。

 田舎では、どんぐりの無くなった山からイノシシや熊が里におりてくる被害がでてきた。手塚治虫さんは「シュマリ」でエゾジカの保護をうったえたけれど、現在はふえすぎ問題で識者をなやませる。山間地方にしか生息しなかった鳥が都市近郊にあらわれ、珍獣ハクビシンなどは、天敵のいない住宅環境にも順応し始めた。生態バランス、里山と自然との関係というのは、なかなかむずかしいものらしい。


 祖母の三回忌、都内の某寺にある見上げるような古木から、銀杏が雨のようにふってきた。神奈川の熊野神社のうらには、さきの大戦でやけた樹齢400年のイチョウがかさぶたのように幹を再生して、実をおとす。早朝、写真をとっているとガサガサと幹に隠れる音がして、どうやら仕事中のホームレス?のひとのじゃまをしてしまったようだ。

 鶴岡八幡宮の大いちょうが、ふたたび公暁のすがたを隠すまでに大きく育つには、いったい何年かかるだろう。わたしたちの文化を反映してきた森の草木はそのころ、どんな姿になっていることか。


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