トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第142号 


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もちださんの鎌倉リポート No.142(2015年6月18日)



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踏切



小町踏切
 いろんな「鉄」があるけれど、「踏切鉄」というのもあるらしい。踏切に萌える、鉄道ファンのことだ。

 鉄骨には好き嫌いもあろうけれど、野辺の花がさいていたり、見晴らしがいいのも人気の理由だろう。黄色いカンナもいいけれど、尾花もいい。電車は風致保存会のある法泉寺谷戸からトンネルをこえて鎌倉五山(けんちん汁屋)のところにでる。


 人工物がかえって風情をもたらす、というのも皮肉のようだが、柵内が立ち入り禁止になっているのが床しさの原点。ポール・デルヴォーという画家が真夜中の線路の上にギリシャふうの女性があるきまわる幻想画をえがいているけれど、みたはずもない景色にノスタルジーをかんじるのはなぜだろう。

 夢の中は「禁止」の表徴にあふれている。目が覚めてきづくのは結局「トイレをがまんしていてた」だけなのだけれど、線路をあるく夢なんかもどこかでみていたかもしれない。「銀河鉄道の夜」は都会へつづく線路へのあこがれを書いた、ともいわれているが、都会うまれの私はちょっと、ちがったふうに読んでいた。あれは文字通り冥途へむかう列車でしかない。



寿福寺踏切
 さいきん面白かったのは、レポ77にもちょっと触れた、横浜市郊外の北門踏切。むかし罪人が斬られた、という不吉ないいつたえのある「泣き坂」の古道のわき、墓場の奥の藪の中に音だけがひびいている。しかしだいぶ離れた民家の庭先の、土手のけもの道をあがってゆかないとたどり着けない謎の踏切だ。発掘調査によればちょうどその踏切の真下に古墳群が分布し、不吉な伝説の種明かしをする。古代にもここが結界だったのだ。

 踏み切りのむこう側は、線路とまじわる東名高速の長い築堤に囲われた、川の手の水田地区におりてゆく、草まみれの小径があるだけ。たぶん二度の築堤工事で水田を切り離された特定農家のためだけに、とくべつに存続したふるい廃道の踏切なのだろう。墓地と結界を考える上で重要な「遺跡」ではあるのだが、ざんねんなことに、線路で分断されてきた岡の上の新興住宅地がひろがってきて、早晩この「なぞの踏切」に接続してしまいそうなけはいもある。



材木座踏切
 横須賀線には旧市内だけで寿福寺踏切(英勝寺まえ)、扇ケ谷踏切(寿福寺まえ)、今小路踏切、小町踏切、大町踏切、市場踏切(昭和初期の青果市場ふきん)、三浦道踏切(辻薬師堂)、材木座踏切、名越踏切、名越坂踏切(切り通し登り口)と数多くの踏切があり、マニアのサイトにくわしく紹介されている。

 江ノ電の踏切にはとくに名前はなく、和田塚4号踏切(由比ガ浜大通り)などと整理番号でよばれているらしい。その他、住民が勝手に横断する、いわゆる「勝手踏切」というのもいくつかせっちされている。これは遮断機や警報機もないうえ、踏み板があるところも、まったくないところもある。江ノ電固有の事情により容認されているが、ときたまお年寄りが事故にあうのも、そういう場所なのかもしれない。



フラッシュ撮影はだめ
 江ノ電はもともと路面電車だったから、のちにバラストをしいた専用軌道にかわったあとも玄関がひらいていたりする。いぜんはおばあさんがやっていた、豆自慢のみつまめ処「無心庵」はとくに有名。時折「撮り鉄」と称するひとが線路脇で大きめのカメラをかまえていたりもするが、運転席側からみると見通しがわるいカーブが多く、やたら軌道内にはいるのは危険。

 あじさいと神社と江ノ電、よくある構図でおなじみの御霊神社の踏切にも、ひねもすじっと動かずにはりついているおじいさんがいる。好みの車両をまっていたりするのだろうか。アニメ「スラムダンク」などでしられる鎌倉高校の踏切には、警報音をシャッターチャンスと、入りかけた駅から駆け出してゆく人もよくみかける。まにあうかは、微妙。



長谷駅
 市内の踏切には、剣山のようなものも目立つ。明治大学の拷問博物館に、こんなのあったような・・・。スパルタ式の学校や職場での、致命的な遅刻をおそれる人々がホームの端から突発的に出入りしないよう、もうけたものなのかも。

 そのむかし、ゼネストで江ノ電がとまり、極楽洞トンネルをあるいてわたった、などという猛者もいたそうだが、そんな武勇伝もいまはむかし。退避行動をつねに心がけているはずの工事の人でさえ、まれには犠牲になったりする。いざというときの石の上はころびやすいのだ。そもそも決死の覚悟で出社しなければならない、そんなにも厳格な社会、とはなんだろう。自殺に到っては賠償金も、請求されるという。行き詰ったひとのゆくばしょは、ほかにもないといけない。


 あまりマスコミにはとりあげられなかったけれど、横浜市内某所にあるこの写真の踏切で、すわりこんだ爺さんをたすけようとして亡くなった方がいた。これはその事故の半年前にとったもので、手前は急カーブ、窓から見えた数秒後にはもうこの距離だった。

 このあたりにお住まいだった方で、亡くなった人がもうひとり・・・JR山の手線新大久保駅でホームからおちた酔っ払いを、助けあげようとしたほうのひと。電車の前に躍り出たアジア人留学生の「英雄行為」ばかりが賛美され、映画化には天皇夫婦まで動員。政治利用のかっこうのネタになったようだけれど、みずからの主義主張には命の価値まで秤にかける、この国にはそんな手合いも少なからず存在している。


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