トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第148号 


▲もちださんトップへ戻る

もちださんの鎌倉リポート No.148(2015年7月10日)



No.147
No.149



鎌倉七名歌・1



人麻呂(雪ノ下にて)
 十返舎一九の「江ノ島土産」をよんでいたら鎌倉七名歌、というのがのっていた。なぜか八首あるのだが、真相は不明。一九といえば「膝栗毛」でしられる滑稽本の作者で、二匹目、三匹目のどじょうをねらって日本各地の紀行小説をかいた。

 「江ノ島土産」では江ノ島から腰越、長谷、松葉谷妙法寺、鶴岡、聖天坂なんかをめぐるのだけれど、とくにみるべき風俗詩はない。高価なさしみにふざけて黄な粉をかけてみたり、弥次さん喜多さんとおなじような滑稽道中が連綿とつづくだけ。一九は狂歌を好んだので、旅情なんかよりも人間心理の機微や、たあいのない喜怒哀楽にめがゆくのだ。



@ 薪樵る鎌倉山の木垂木(こだるき)を 松と汝(な)が言はば恋ひつつやあらむ 読人不知
A かき曇りなど音せぬぞ不如帰(ほととぎす) 鎌倉山に道や惑へる 藤原実方
B 忘草刈り摘むばかりなりにけり 跡も留めぬ鎌倉の山 大納言公任
C 詠(なが)め行く心の色ぞ深かりき 鎌倉山の春の花園 慈鎮和尚
D 都思ふ春の夢路もうち解けず あな鎌倉の山の嵐や 法印尭慧
E 宮柱太しき立てて万づ代に 今に栄へむ鎌倉の里 鎌倉右大臣
F 昔にも立ちこそ勝され民の戸の 煙(けぶり)賑はふ鎌倉の里 藤原長綱
G 十年(ととせ)余り五年(いつとせ)までに住み馴れて なほ忘られぬ鎌倉の里 中務卿

 読人不知は「万葉」の東歌。右大臣は実朝将軍、中務卿は「鎌倉の中書王」こと宗尊将軍。実方、公任、慈鎮らは歌仙としてよくしられている。「ああうるせェ山の嵐」を詠んだ法印尭慧は、当該歌をおさめる「北国紀行」などを書いた放浪の室町歌人。長綱は鎌倉時代のなぞの歌人(伝不詳)。

 さて、和歌俳諧のたぐいは戦後、「子供にもできる第二芸術」などといって否定運動がさかんになった。いばりくさる俳句の先生なんかは、たしかにいただけない存在なのかもしれないが、おフランスを鼻にかけ、「自分はすぐれた第一芸術家」なんてうぬぼれた東大の先生も、けっきょくは、赤塚不二夫さんが描いた人気漫画の中の、シェーのような人物にすぎなかった。学者たちの勝手な思惑とはうらはらに、いまでは俳句愛好家は世界的なひろがりをみせているという。




チョコスプレーみたいな
 「待つと汝が言はば」という男歌の返事、ともみられるものが万葉集にのっている。「鎌倉の見越の崎の岩崩(くえ)に 君が悔ゆべき心は持たじ」。古代、神楽歌なんかには本、末というのがあって、呼びかけと答えにわかれていた。この歌でも前半は「謎掛け」で、下の句はその答え。「くえ」とかけて「くゆ」と解く。あなたを裏切るようなことはいたしません、心変わりせず待っています。

 上の句は序詞ともいわれるように、まったくのナンセンスなんだけれど、「がけ崩れ」を「恋」にむすびつける強引な着想がシュール。ただ詩情はあきらかに上の句にあって、奈良時代の鎌倉の風景、そこにすむ恋人達の生活が、まるで書かれていないことまで空想されてくる。「書かれていないこと」、これを余情、という。歌枕とはじっさいの景色ではなく、過去の名歌から連想される、さまざまな余情の蓄積。むしろ「知識」に属するものなのだ。



名所江戸百景(複製・読売新聞社)
 これら広重の絵は、人物がかけている。しかし西瓜の皮は暑い昼下がり、仕事おわりに食ったもので虹は夕立があったことを暗示、大八車をひく河岸労働者たちの一日が凝縮している。お座敷の図は、小便にたった客のめせんだろうか、よろしくやっている他の客たちがきづこうとしない、月の出を発見した瞬間。広重は俳諧の手法でこれをえがいた。

 これもまた余情、というべきなのだろう。広重は写楽や歌麿のような線の画家ではなく、北斎のようなド迫力ある南画風の構成力もない。畢竟駄作も多いのだが、こういう俳諧表現にかぎっては比類がない。一瞬の光景の中に複数の時間を刻み込む。もちろんエクリチュール(表面)だけをみれば、何も描いてないかのようなんだけれど。



大山(座間市内から)
 俳句はもともと連歌からうまれた。和歌にもともと本、末があったように、他人との掛け合いでひとくさりの歌をつくるのを連歌という。武士への和歌教育は冷泉為相など、都歌人がながく滞在して指導することもあったが、戦国時代には流浪の連歌師が各地で連歌会をひらき、当座の合作で指導することがおおくなった。心敬は大山のふもとの名もなき庵で死に、宗祇は箱根湯本で最期をむかえた。

 素人相手に本格的な歌の道を究めるのには限界があり、けっきょくルールを無視した「俳諧(ふざけた)連歌」、それにもあきたらず「独吟」すなわちひとりで詠む連句が流行する。いわゆる俳句は「発句」、さあ、これからいろんな連想をひろげていってください、という最初の句が独立したもの。「書かれていないこと」、つまり空想のふくみを残しておくのがたぶん、よい句なのだろう。


 和歌にせよ俳句にせよ、うけとる側に空想力を強いる点ではかわりがない。日本のマンガには、ただ誰もいない公園のベンチひとつ描いていても背後になにか、ものがたりを秘めているようにかんじる、とは外国人ヲタクがよく熱弁しているところ。これも余情。歌のこころ自体は、現代の若者にもけして消え去ってはいないのだ。万葉集にはもうひとつ、鎌倉をよんだ歌がある。「みなのせ川」とはのちの稲瀬川のこと。

ま愛(かな)しみ、さ寝に我(わ)は行く、 鎌倉の水無瀬川に、潮満つなむか


No.147
No.149