トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第157号 


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もちださんの鎌倉リポート No.157(2015年8月27日)



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あかり・2


 八幡宮の御神楽神事(レポ72参照)では非常灯いがいの街灯がすべて消され、月明かりのなか提灯をさげた神官らが、石段をくだってくる。やがて庭火が焚かれ、火の粉がたかくあがる頃には、見物の目もようやく闇になれてくる。

 奈良時代、万燈会の夜などは「昼の如し」と評された。しかし現代の感覚では、蝋燭の火や篝火なんかは依然として闇の範疇。焔、といえば芥川の「地獄変」を思い出すひともおおいはず。むかしのひとにとって、大火の地獄絵図はかなり身近だったらしい。北野天神絵巻には地獄の焔ばかり描いた巻もあるし、東寺の真言院五大尊の画幅だったか、焔のえがきかたが「荒涼」だとして鳥羽上皇が絵師に描きなおしを命じたなんて史実もあったようだ。


 光の帯になった横須賀線。円覚寺白鷺池のところから。闇のうつくしさをかたった谷崎の「陰影礼讃」は有名なエッセイだが、いまでは街灯のまぶしさに、いろんなものが掻き消される。いぜん妙法寺のいりくちに、ストレッチャーにのったままの寝たきりのおばあさんが、家族につきそわれて来ていた。門はくぐれなかったみたいだけれど、よほどそこが好きだったのだろう。

 よのなかには、見えるようで見えないものがある。狂言の月見座頭というのは、見える気になって、月見にきた座頭のはなし。見ず知らずのしんせつな人に世話になって、酒を酌み交わすうちつい得意になり、和歌とか小唄とか、いろんな才芸をひけらかす。ついに相手の気分を害して蹴飛ばされてしまうのだが、だれに蹴られたのか最後まできづかない。さっきの人は気持ちよく帰ったと信じ込んでいる。・・・もちろんこれは盲人のはなしではなくて、私たち自身の話。


 ビルから漏れる光は、こういう石碑の文字さえも、はっきりと照らし出す。光害だの、資源の無駄との声もあるが、防犯にはひつようなのだろう。

 人影に反応して光るライトもある。住宅地には真夜中に犬を散歩させ、他人の土地に排泄物をまきちらすマナーの悪い飼い主もおおい。いくら歳をとっても人間が甘く出来ている者はいて、他人の目の届かないところではひとがかわったように、傲慢のかぎりをつくす。てめえの口のききかたが気にくわない、目玉焼きの焼き方が気に食わない。ママに甘えて夜泣きする赤ん坊のように、天上天下唯我独尊、「自分自分」の快感を、ひとは五十になっても六十になっても、つかんで離さない。



称名寺
 だれもいない時間帯にこういうライトアップをみると、まるで世界がとつぜん終って、じぶんだけがとりのこされたような・・・こどものころの感覚が思い出されて、なんとなくせつない思いがする。「千と千尋」の両親は、無人の店にはいってタダ食いして豚になったんだっけ。

 門前街のお店だって、むだに提灯をともしているわけではあるまい。たまたま桜の開花が遅れていたとか、たぶんそんなところで、いつもはもっと、客がくるのだろう。その「夜桜トンネル」にしても、人がにぎわうのは、マスコミ頼みなのかもしれない。ライトアップといっても、さいきんはいろいろと手の込んだ話題づくりや、プロジェクション‐マッピングなどの、はでなインスタレーション(空間芸術)なんかがあるから・・・。


 ポリカーボネイト製の旧式の信号機。象がふんでも壊れないという筆箱にもつかわれた、頑丈な素材。なんでもないもののようでいて、駅前などではもうみられなくなってきた。

 そのむかし大雪が降った日、人影のきえたまっしろな川辺の通学路に、ぽつんとむなしく点っていたのを、思い出す。バスも車も止まってしまって、もう遅刻もなにもチャラだろうと、光の的に、雪玉をぶつけたりしていた。笑い声にふりむくと、ぐうぜん彼女も遅刻して、そこにいた。どっか行っちゃおうか。こんな日に行くとこあんのかよ。

 安手の小説のような・・・記憶の屍体のようなものは、ちぎれちぎれにのこっていて、全部をおもいだすことはできない。その日のことも、その後のことも。ただ雪はどんどんはげしくなり、信号はずっと青のままだった。


 電話ボックスをさいごにつかったのは、いつだろう。学生時代、深夜に車で徘徊しては、郊外に住むちょっと疎遠なべつの友達を電話一本でよびだすという、かなり迷惑なあそびがはやった。近くにきてんだけど、出れる?

 けっきょくかれらの近所で、まともに開いているのはコンビニとかファミレスくらい。せいぜい海老名あたりのSAで意味もなくくつろぐていど。いまでこそサービス‐エリアには「富士山メロンパン」とかいろんな名物があるけれど、いぜんは「ボンタン飴」とか、ろくなものはなかった。

 若いころはみんな、だれでも日常からにげたいと思っていたにちがいない。なんとかいう女優さんが、学校サボってひねもす文学館で本を読んでた、なんて記事をみたことがある。もちろんじぶんの「居場所」なんて、そうかんたんにみつかるもんじゃない。それは大人になってからも、同じことだ。たぶん。


 稲村クラシックは今夏も、絶好のチャンスだった台風が微妙にそれ、だめになった。それで長年不義理にしてきた友達のすんでいた、座間のおまつりに行ってみた。もちろん会うあてがあるわけでもない。

 この子たちはノジマステラといって町外れの田圃の中のチーム。県内初のなでしこ一部リーグ昇格をめざしているが、現状(2位)では入れ替え戦がひつようだ。県内にはJのチームも多く、三浦カズや中田・中村のような名選手も輩出、長友フィールドなんていうフットサル‐コートもある。彼女らがスターになれるかどうかは知る由もない。PRもへた。でも目標があるということは、いいことなのだ。


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