トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第163号 


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もちださんの鎌倉リポート No.163(2015年9月19日)



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柿生の柿・2



同心円状のひびがかすかにみえている
 柿はイチョウなどと同様、太古の化石もある日本原産の植物だが、「奈良時代に大ぶりの渋柿が中国からつたわった」「渋柿だけは中国の発明」などとする説もねづよい。正倉院文書、延喜式にはお供え物として「干柿子」「熟柿子」などの記述も見え、渋をぬく加工法もすでにあったようだ。ただ宮中周辺でたべられていた記録は乏しく、あまり美味くはなかったのかもしれない。内裏の内教坊や内膳司の苑には柿の木があり、干し柿を砕いて漬けた「柿浸し」という甘口の薬酒は、栄華物語や増鏡なんかにもでてくる。

 室町ころには完熟した熟柿(こねり、きざわし)が宴会のメニューにあらわれ、プチュッとなるから用心して食え、などと礼儀作法の故実書にみえる。ふつうの「さわし柿」とは灰汁などで渋を抜いた柿だが、わざわざ「木ざはし(木醂)」「木に在りて則ち練熟の謂い也」なんて書くように、これはあきらかに生の甘柿。


 渋柿時代には、保存と渋抜きをかねた干し柿が主流だったと見られ、串柿は鏡餅とともにいまも縁起物として飾る地方がある。日蓮聖人の御文1280にも、「・・・柑子二十、串柿一連、送り賜び候らい畢んぬ。法華経の御宝前に飾りまいらせ候」などとみえる。

 鎌倉時代の説話では、夜中に臆病者の用心棒が、じぶんの頭に門のそばの柿の実が落ちて潰れたのを血とおもいこみ、盗賊に射られたといって仲間に介錯をたのんでしまう(古今著聞集1254年ころ)。

 そのほか柿は木材や、衣類の染料、渋紙、建材の防腐塗料などにももちいられてきた。くわしくは「古事類苑」など参照。


 バスで東急あざみ野駅前にもどり、図書館に寄ってから、また歩く。頼朝上洛時1190の従兵に、石川六郎とか江田小太郎ら綴党らしき武士のなまえがみえる。石川はあざみ野から美しが丘あたりの旧村名。武蔵有数の官牧・石川牧の故地とされる。駅の東南、旧石川村と荏田村の境界付近には、かつて国道246号線にそうように、ながさ50m、たかさ10mもの大規模な築堤がみられた。

 伝説では江田源三と稲毛重成の合戦の跡だとか、村同士のいさかいで水攻めにした跡だとかいうのだが、あるいは牧で繁殖用に野飼いにした牛馬がにげたり、盗まれたりしないようにする水城のような堀のあとなのかもしれない。信州望月の牧でも、相当広範囲をかこむ大規模土塁(野馬除)が確認されている。また一説には、古東海道の跡だという説もあるらしい。

 戦後にほとんどが崩され、早淵川が直角にまがっていたりするほかは堤の位置も明瞭ではないので、江田駅ふきんの東急田園都市線の堤で、イメージしてほしい(写真)。


 東名高速が貫通するにあたり、全面的な調査がなされた都筑郡衙跡(長者原遺跡)は、東急江田駅南方の台地にあった。正倉群、政庁および館。いちぶが荏田猿田公園に草地としてのこっているが、その余は造成地となり、説明板だけでは遺構のどのあたりが保存されているかは不明だ。

 246(矢倉沢往還・大山街道)はこのあたりで、かつての古東海道武蔵路と重なっていたといわれる。小高の駅(うまや)というのが川崎にあり、そこを曲がると川崎市を縦貫する「尻手黒川道路」に準じて橘樹郡衙のある高津区千年にいたり、べつの伝路と推定される中原道にまじわる。

 遺構の南西方面は市ヶ尾、つまり「市郷」とよばれた地域で前方後方墳などがいくつか保存されているし、べつの古墳からは保存状態が良好な、古代の鎧兜がでた。


 246の旧道沿いには、荏田城という山城の跡もある。義経の臣、江田源三の城とつたえるが、せいぜい綴党江田一族の訛伝にすぎないのだろう。徳江さんという方の裏山で、栗やたけのこを作っているために、のぼり口には棒で柵がしてあり、許可なくはいることはできない。図書館にあった地域研究紙で地主が語るところによれば、土塁はまだ良好にのこっているという。

 小黒谷戸バス停のむかい、荏田無量廃寺の跡とつたえる共同墓地の辺りから、城山をのぞむ(左写真・下段)。寺のなごりの卵塔場には「禅睦上人 塔婆 明徳三年(*1392)土用 六月二十日」ときざむ五輪の地輪があるが、いまは風化がはげしく、銘文まではよくわからない。郡衙跡と荏田城は同じような台地のうえにあり、東急江田駅近くで246と東名高速が交差しながら両者のあいだをつらぬく(写真3・奥が城山で右端が長者原遺跡)。かつては正倉をまもる防衛上の要地でもあった。



「斜面づくり」のパンフレット
 神奈川といえば、人口密集地における急傾斜崩壊危険区域の分布で全国トップ。もう農業でもないためか、別の家の竹やぶでは耕作が放棄され立ち腐れの竹などが危険なまでに密生し、昼なお闇の世界をのぞかせる。さっきまで伐っていたご主人が切り株におっこちて・・・なんて話も珍しくない。個人が土地を持つのも、むずかしいのだ。

 付加価値のある商品作物をつくるのも、簡単なことではない。柿生の柿も「世界初の甘柿」という肩書きがなければ忘れられた存在だったし、農業人口は高齢化し、首都圏では税金対策の家庭菜園レベルに縮小しつつある。小粒で多産な禅師丸は大木になるから、年寄りには収穫もめんどう。新住民との協力、和菓子とのコラボなど、さらなる商品展開もひつようだ。



元石川町
 世間には一万円もする完熟マンゴーなんていうのもある。これも柿とかパパイヤなんかとおなじで、高級なものは独特のクセや青臭みがなく、まるで生キャラメルのようなコクがある。ただ、こんなのは東南アジアではごくふつうに売ってるし、日本では高すぎて、とても買ってまでたべる気はしない。キャラメルをしゃぶったほうがずっといい。

 かといってスーパーの安いだけのくだもので充分、というわけでもない。イチジクでもイチゴでも、ちょっといいのがでると、翌年からは高級店に流してしまうのか、大量生産のわなにはまるのか、格段に味が落ちる。そこでまた、つぎの【はやり】を捜しもとめる。日本人はなにを間違ってきたのかと、ふと思う。生産者だけでなく、消費者の側にも選択の自由、多様性というのが、いますこし欠けているのかもしれない。


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