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もちださんの鎌倉リポート No.178(2015年11月30日)



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キッチュ探訪・3


 黄桜のカッパ・初代イラストレーター清水崑さんの遺志とかで、斯界の大御所がえがいたカッパのプレートをよせたマンガ絵筆塚が荏柄天神にある。清水さん本人の石碑もかたわらにあるのだが、多くの世代にとっては「ヒゲとボイン」の小島功さん(1928-2015)のかっぱのほうが、なじみが深いんじゃないだろうか。うちにもむかし伏見の黄桜カッパ‐カントリーで買ったカッパせんべいの一枚が、恐ろしいことに10数年経っても、なんの変色もせず保存されている。

 ほかにもルパン三世のモンキー‐パンチ、ゴルゴ13のさいとうたかを、あしたのジョーのちばてつや、ドラえもんの藤子不二雄F、アンパンマンのやなせたかし、はじめ人間ゴンの園山俊二、有明のハーバーやトリスのおじさんで知られる柳原良平ら各氏のレリーフがあるが、捜す楽しみもあるから、このへんにしておく。


 「のらくろ」の田河水泡さんなんかは戦争マンガの世代。小林秀雄の妹婿で奥さんは翻訳家としてもしられる。ペンネームは本名の「高見沢」のもじり(→「たがみずぁわ」)だそうだ。弟子の長谷川町子さんは戦時中、情報局の肝煎りでアサヒグラフに「翼賛一家大和さん」1941を連載。あの名作「サザエさん」の原型となったが、のちに経歴から抹消された。この「翼賛一家」シリーズは横山隆一さんなんかもてがけている(朝日新聞社出版局)。

 戦争絵画をかかされたレオナール‐フジタ(1886-1968)という画家は、主催の新聞社から戦後、執拗な筆誅をうけて国を追われた。国内外の評価がとみに高まったさいきんになってようやく、「フジタと日本の和解」だなどと、まるで他人事のような記事を出してきている。

 かつて落語家たちは戦争協力のため、時局にあわない廓噺を「はなし塚」に封じ込めたという。片腕をうしなった漫画家、ナチ映画に動員された名女優もいた。このちょっとエッチなマンガ絵筆塚にも、平和とか自由とかいった、いろんな思いが埋まっていそうだ。


 これは世田谷・九品仏にいた正塚のばあさん。閻魔さまとコンビではたらく奪衣婆の通称で、正塚(しょうづか)とは婆さまが亡者の衣を剥ぐ、「三途川」がなまったものらしい。

 やたら毒々しい彩色がなされているが、仏像なんかはもともと薄暗がりで見るものだから、ほんらいこんなものだったのだろう。金屏風とか能衣裳・歌舞伎役者の隈取りなんかを、明るいところでみる現代人のほうがまちがっているのかも。浮世絵の雲母(きら)刷りや杉戸絵なんかを暗いところでみたらたぶん、絵が虚空にうきあがってみえるはず。

 絵の具はまぜるとにごるので、天然色をそろえるのは容易ではない。とくに日本画では、くすんでしまったり色味がたりなくなることもしばしばだ。大昔の原色カラー図鑑なんかをみると、印刷もぼやけ色もかなり雑。むろんこんなのでも、かつては色が付いているというだけで画期的に美しかったのだろう。横浜市新治里山公園事務所にそなえつけの本棚から。


 カヌーの彫刻は江ノ島の小浜にあった。サーファーのおじさんなんかが、オーシャン‐リゾート感をだそうとむりくり飾り付けたのかもしれない。それを想像するのもキッチュ探訪のおもしろさ。

 キリンは島の真ん中あたりの食堂のウインドー。食品サンプルだけでは場末の中華食堂みたいなので、こういう「遊び」をくわえたさりげない飾りつけで、紙一重のオシャレ感をだそうとつとめている。雰囲気にあわなかったり、センスがなければ逆効果だから、マスコット選びもこうみえてけっこうむずかしいのかも。

 モノにはふさわしい場所がある。数ある土産物のなかにだって、いい雰囲気のおみやげ屋の棚にいつまでもずっと飾っておきたい、と思うものがある。「買っちゃ駄目」ってわけじゃないけれど。



県内某所
 これはフェアレディZ、ではないでしょうか(笑)。スーパーカー・ブームの折、比較的安価なスポーツカーとして人気をよんだ、初期モデル。ブームが去った直後には、こんな光景もよくみかけたが、いまなおこんな扱いがされているとは。なんかバブル時代がおもいだされる。

 こどものころ、すでに伝説の名車になっていたランボルギーニ‐ミウラを田園調布のガレージまで見に行ったことがある。人だかりに気をよくしたオーナーがエンジン音をきかせたり、流線型のカウルを開いたりといろんなサービスをしてくれた。カウルというのは、ボンネットじゃなくて、車体カバーぜんたいが玉子の殻のように、前後にパカッとひらくのだ。こちらは本物の高級車だっただけに、いまもあればクラシックカーというよりも古きよき芸術品として、一億近くするらしい。


 たまに場末にみかける、壊れさびついた自動販売機。みすぼらしいゴミだという人もいれば、ポンコツまにあの好物だったりもする。1970-80年代の追憶とともに、かつて花形だったモノ作り工場やその働き手、売れなくなった有名人の無念の末路とかを、ついかさね合わせて見てしまうむきも、あるだろう。

 下写真は街角にあった古いお祭りの看板や、幼稚園の送迎所の壁画。がめつい出版社がみとがめたら即アウトになりそうなものも。こういう手描きのペンキ絵はかつては駅にもデパートにも映画館にもビア‐ホールにもあったが、大人社会からはしだいに排除されて、レトロな銭湯以外にはあまりみかけなくなった。メディアの影響が日に日に大きくなってゆく一方で、チープな絵の中にはいりこむ能力を、現代人は日々見失いつつあるのかもしれない。


 TPPの影響で著作権が死後70年にのびるらしい。のびたところで、直接利益にあずかるのは大手マスコミにリードされたごく一部の人気作家だけ。販促キャンペーンにでも乗らないかぎり、それ以外のどんな作品も【大量消費社会のじゃまもの】でしかない。売れるものだけが芸術であるかどうかはともかく、どうにも大手のメディアだけがもうかるしくみだ。

 ウェブはもちろん、図書館・美術館・古本屋などのフェア・ユースにまで圧力が及べば、さらに多くの作品が秘匿・死蔵されてしまうかもしれない。運慶とか光琳とか、本来著作ではない文化財にまで肖像権・プライバシー権を設定し、ほしいままに所蔵者許諾の高いハードルを主張する。庭のようなもの、家のようなもの、風景の見え方、写真の角度のようなものにまで、メディアのさじ加減ひとつで逐一、権利が主張されるかもしれない。そうしてわたしたちは、メディアの望むお仕着せだけを、隷属的に有難がるようになってしまう。ほんとうの「俗悪」とは、そういう社会をいうのだろう。


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