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もちださんの鎌倉リポート No.214(2016年6月24日)



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ステンドグラスの向こう


 目黒区碑文谷のこのあたりは、こどものころ自転車でちょくちょく通ったのだ。地形が変わったわけではない。碑文谷の池も、ゴルフ練習場も、むかしのまま。たしかにお店なんかは四半世紀をへてあらかた入れ替わっているのだろうけれど、なつかしさみたいなものは、まったくきえていた。

 サレジオ教会は芸能人の結婚式なんかで有名になった。撮影所につとめていた死んだばあさんはともかく、母親なんかは、なんとかブギウギで一世を風靡した大御所の某に電話口で威張られたとかで、芸能界は嫌い。自由が丘にあったばあさんの実家は松田聖子さんの店ができたころからあたりの環境が激変したため、甥にあたる遠縁のおじさんはどこだか、このあたりへ引っ越したときいた。引っ越すにしても、区内じゃどこも結局、おなじだとおもうんだが。


 右翼にあるいりくちに、「江戸のマリア」というちいさな絵がまつられている。厳密にはレプリカなのだけれど、聖堂はこの聖母にささげられている。これをもたらしたシドッチ神父(Giovanni Battista Sidotti1668-1714)は徳川幕府による鎖国後、ほぼ最後に密航し、キリシタン屋敷に幽閉されて死んだ。尋問した新井白石が「西洋紀聞」などをあらわしたことでもしられる。その遺骨は先般、文京区小日向のキリシタン屋敷跡で確認され、話題となった。

 サレジオ会はもうすこしあと、19世紀設立の修道会なんだけれど、創立者ヨハネ‐ボスコと同郷のよしみということで、サレジオ神学院のタシナーリ神父が戦前からキリシタン屋敷の研究をすすめていた。


 週末の堂内は結婚式の準備かなんかで、あわただしい。ここは戦後の建物だけれど、イタリアのいなかの礼拝堂をイメージしたのだろう、豪華なステンドグラス群とともにいろんな壁画でおおわれている。

 受胎告知とかイエスの洗礼とかいうおなじみの図様にまじって、着物の女や鎧武者がえがかれたこのあたりは、イエスの降誕・復活になぞらえてはいるが、「十字架の道行」の両端にあたるため、シドッチ神父の殉教を神話的にイメージしたものにちがいない。

 イタリア人修道士によるフレスコ画らしいのだが、じめっとした日本の風土では、なんとなくキッチュでくどい感じもする。むかしの絵本の表紙というか、児童書ふうのへんに教訓めいた画風によるのかもしれない。本場の中世壁画やイコンでは、ローマ兵に首を斬られる聖人(洗礼者ヨハネなど)など、どんなに凄惨な場面でも、どこか稚拙で、からっと晴れ渡っている。そこが地中海をわたるシロッコと黄砂とのちがいなんだろう。


 ここのステンドグラスを内側からみた記憶は、かなりおぼろだ。子供のころは、むしろ外側ばかりをみていたのだ。鉛色のリムと、木陰や青空のうつった、真っ暗な色ガラスの裏側。そしてサレジオ幼稚園の庭。桜のあいだをくねりながら歩く、せまい立会川緑道。基本的なものは変わっていない。

 私にはふるさととか、ふるさと意識なんてものはない。ここはよそものが競い合い、成金みたいなものが入れ替わり立ち代りやってくる人気タウンの一等地。そんな住みにくい場所にがまんして住み続けるには、それなりの才能や忍耐力がひつようだ。「おしゃれカフェ」をつくるとか、大手企業の重役になるとか、そういう高度なタスクをなしとげた褒美として、この土地をわがものにできる。古い家の住民なんかはお呼びでないし、みすぼらしい店なんかはすぐに地図から消えてしまう。土地をうれば、もっと便利で広いところにすむことができる。



由比ガ浜教会(以下、同じ)
 そうしてあらたな住民が町を占拠し、排他的な地元意識を形成する。ここにすむ人間はセレブざます。さいきんEUなんかで土地ナショナリズムがさかんだけれど、よそものがカネで土地を奪うことについて、不潔感をおぼえるのも何となく理解はできるのだ。かつて中国や朝鮮では異民族や外国人を皆殺しにした。ずたずたに切り刻んで、肉を食うなどして「恨み」をはらした。その気風は今も残っているが、日中韓経済圏構想だなどと、進出の意欲はやまない。

 大阪人や沖縄人なんかは、方言を全開にして土地ナショナリズムをふりまわす。だれもてめえの土地なんかとりゃしねえよ、と思うのだが、伊丹で洪水があったときのニュースでは、「ママ!車がながされちゃうよう」・・・なんて、あれ、ぜんぜん、大阪弁じゃないじゃん。岸和田弁だの、高槻弁だのと排他的地元意識を標榜し、なにかにつけ威張っているのは虚勢にすぎず、じっさいには人口流動ははげしいのかもしれない。先進国では、いつまでもサル山のリーダーでいることなんて、できないのだ。


 移民をたいせつにしたところで、ヨーロッパ人が旧植民地を自由に再侵略できるわけではない。イスラムの人はイスラムの人で、一方的な民族ナショナリズムを謳歌しつつ、白人を敵視し差別しながら欧州を「蝕んで」ゆく。そういうイメージが定着しているのだろう。かれらはかつて植民地被害をうけたのだから、報復するのがとうぜんの権利なんだ、そんな説も流布している。

 人権なんていう思想は先進国にとっては片務的で、未開の土人はわがもの顔で人権侵害や侵略、民族テロ、外国人の排斥に血道をあげている。文化人はこうした不整合をうまく説明できなかった。移民差別はネオナチのしわざときめつけ、高圧的にだまらせようとする。欧州ではたぶんその反動が、顕在化しつつあるのだ。「未開人の教育はいっこうにすすまない。それなのに文化人は移民を急増させ未開国の味方ばかりする」。不満を直接移民にむけるのはナチス時代とおなじだ。でもそれは、議論を嫌う文化人の不徳の致すところ。安い労働力としてさかんに利用している移民の立場を悪くしているのは、むしろ文化人側の「ゆがんだ正義感」や「褒め殺し」にあるのかもしれない。

 たった十数人のデモ隊を千人ちかい無許可の移民が取り囲み、マスコミや政治家も安い労働力に荷担して、こぞって怒声をあびせる。それもちょっとちがうんじゃないか。


 そもそもキリストはアジア人だった。オリエント文明が盛んだったころは、当然ながらローマ教皇にもアジア‐アフリカ出身者がおおぜいいたのだ。だがそれは奈良時代に死去741した第90代グレゴリウス3世によって途絶え、アジア‐アフリカは「有色人種」、イスラム教が席巻する「異教徒」の土地とされてしまう。中世にはこの地域にモンゴル人も侵入した。

 差別感情の原点は、汚い作業を移民・異民族にさせる、そんなエゴイズムから生じた。だがいったん安い労働力を肯定してしまえば自国民の給与も競合して安くなり、賃金の平均化は資本家のおもうつぼで労働環境はすさんでゆく。高いバイト料を支払う日本人の若者には二倍の労働を強要する。そのうえ企業の側も、いつしかアジア資本の傘下におちぶれてしまう。いずれ移民政策への反発が出るのもごもっともで、ひたすら圧殺してすむという問題ではない。そこには深刻な「すりかえ」が潜んでいる。

 多くの移民は善良であるのだろう。どうしてマスコミ文化人は、日々かれらを異物視し、被差別と反日感情一色でくくってしまおうとするのか。結果としてそういう認識が定着している以上、いいのがれは見苦しい。グローバリズムに燃える人間は、他人の非をならすまえに、まず自分の説明不足を顧みるべきなのだ。


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