トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第228号 


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もちださんの鎌倉リポート No.228(2016年10月10日)



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伝統芸能について・1


 歴史まつりのたぐいには、新旧さまざまなパフォーマーがでる。玉石混交ともいえようが、いろんなパターンがあっていい、と思う。この武楽座(?)とかいうのも、能とか雅楽なんかのほんのさわりの部分をデフォルメしたショーをおこなう。

 まったくの初心者には、ほんものの能なんかむずかしすぎる。3分くらいでいいよというひとのため、けっこう需要があるらしい。ひとは、自分が理解できないような「高度な芸術」の存在には、拒絶反応や激しい嫌悪感を持つ。ほんものの芸術家にとっては癪にさわる話かもしれないが、こういうお手軽でわかりやすいものも、入り口としては必要なのかも。



相模大野にて
 能みたいなものは、予備知識がいるから、なかなか普及はむずかしい。字幕があっても「ぬおおおおおおお」としか聞えないのは、現代の演能のテンポ感覚がちょっとおかしいせいでもある。遅ければよくわかる、というものではない。

 能楽界は肖像権や著作隣接権などが相当うるさいらしく、マスコミからもほぼ完全に無視されてきた。能役者ご本人ですら、権利代理人や共演者の同意をどう取っていいかわからず、舞台装置の写真すらダメとかで、開場前の空っぽの観客席のパイプ椅子の写真なんかをブログにのせているほど。「能の良さは習えばわかる」とはよくいわれるが、これでは魅力なんか一切つたわるはずもない。棺おけの内側から、みずから鍵をかけてしまっている。

 さすがに子供たちの発表会なんかにはそんな「縛り」はないようだけれど、娯楽の世界から、だいぶ後退していることはたしかなようだ。



大倉山・師岡熊野神社
 お祭りイベントで圧倒的に多いのは、創作和太鼓集団。鎌倉でも「小田原北条太鼓」とか、けっこう聞いた気がする。これはもう、ただ迫力というのか、わかりやすさだけの芸にはちがいないが、創作和太鼓はタスマニアなど諸外国にもひろがっているらしく、数年前には来日してこの団体との競演もおこなわれた。

 できればかの国の民族音楽もきいてみたかったが、いっぱんにはまだ難しいのかもしれない。いぜん渋谷の街頭で世界各国のパフォーマーによる民俗芸能祭(World Folkloriada 2000)がひらかれたおりには、けっこう盛況だったとおもうんだけれど。




龍宝寺にて
 龍宝寺では前衛芸術家による鉄の木魚「破紋音」というのをきいた。磬(けい・鉄琴)の一種なんだろうけれど、打面にヒビ割れのようなスリットがはいっていて、叩く位置によりスチール‐ドラムみたいに音階がでる。鉄琴との違いは、うつわに音がこもり、平均律とはちがう木霊のようなハーモニクス(倍音)がのこるという。曲は検索すれば聴けるとおもうが、無国籍なガムランふう。ミニマルというのか、簡潔なくりかえしのほうが、印象に残るというわけだろう。

 日本には銅鐸時代があったが、音階をふくむ打楽器はあまり普及しなかった。東南アジアには古代銅鼓文化があり、竹などで作ったスリット‐ドラムもおおい。銅鐸とか銅鼓などといっても、いまでは錆びてドラム缶のような音しかしないけれど、かつてはどんな音だったのだろうか。



荏田(横浜市)
 聞く人はまれだが、念仏講による双盤念仏はいまも全国各地の浄土宗寺院にのこっている。双盤とは大きめの銅鉦の一種で、天台音楽(声明)をつたえた円仁にゆらいする引声念仏が変化したものらしい。ようするに念仏や和讃などを、鉦太鼓にあわせてうたうのだ。中世には鉦たたきとか鉢たたき、とかいって、首にさげたもっとちいさな鉦や瓢箪を叩いて回った。空也上人や一遍上人もそのたぐいだが、漂泊をつねとする名も無き乞食聖も多かった。芸能をはじめて民衆近くにとどけたのはたぶん、彼らだった。

 和讃は経のあらすじや寺の縁起物語などを歌詞にしたもの。メッセージは書物のかたちではなく、易しい音楽にのることでひろがった。文字より音の時代、むかしの人の耳には、こんな悠長な音楽でも、十分にひびいた。もっと易しく、もっと規則的で類型的でなければ響かない現代人の麻痺した耳とは、なにかがちがっていたのだろう。鎌倉では光明寺のお十夜なんかでもきける(山門の脇)。


 京都には舞妓、というキラー‐コンテンツがある。京舞の井上流は明治の博覧会をきっかけに生まれたものだが、初代は能の名門・京観世の片山家の奥さんだった方で、能がかりの抑制された動きが特徴。写真はだいぶ昔のだけれど、小亜希さん(右)はNHKにも出演、観光ポスターにもなっていたし、たしか枡梅(・・・?)のお女将だったか、掲載についても、「ご自由にどうぞ」といっておられた。こういう【鷹揚さ】も人気の理由。

 八幡宮で静の舞を演じる泉流(北鎌倉)は花柳の分流。江戸歌舞伎の系統だから、歌舞伎のなかの鎌倉、という違和感はどうしてもぬぐえない。中世にはやった今様も宴曲も舞々も、既にすたれてひさしい。さすがに古都の風物詩といわれるような伝統芸能は、歴史の断絶のある鎌倉ではむずかしいのかもしれない。




小机城跡(横浜市)
 厚紙製の鎧なんかが普及した結果、時代行列はもはやめずらしいものではなくなってきた。自前のコスプレにも充分立派なのがあるいっぽうで、折り紙細工まるだしの、ひどく不器用なのもある。市販の製作キットにも松竹梅の価格帯があるらしく、そのへんがなんとも面白い。段ボールはすぐにぼろぼろになってしまうため、最近はもっと丈夫な、いい紙をつかうらしい。

 コスプレは日本の文化、などというのはごく最近の話だが、マスコミなんかにはまだ、掲載料を払え、許可なく真似たものは即逮捕、などといきまく者もいる。そのくせじぶんたちは模倣を人気のバロメーターであるかのように撮影して気まぐれに囃したり、街頭のひとを平然と隠し撮りして、自分たちの【著作物】【占有物】であるかのように、わがまま勝手に主張し続けている。どうやら金儲けに利用するじぶんたちと善意の一般人とを、主客混同さえしているようなのだ。かかわり合いはごめんだけれど、そのへんの境目が、どうにもむずかしい。


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