トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第239号 


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もちださんの鎌倉リポート No.239(2016年12月7日)



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世界遺産考・1



西御門
 鎌倉がユネスコの世界遺産に事実上の落選宣告をうけてから、もう何年にもなる。再挑戦を期す、というわりに議論はまったく見えてこない。ガイダンス施設はどうなったか、いま知識人のだれがどうしているのかさえ、見当が付かない。

 再提出をめざすあらたな推薦書へのたたき台として、「日本遺産」の枠組みにまとめた登録理念というのが、「モザイクの街」。だれが書いたのか知らないが、先の遺産構成要素から整備計画のないいくつかの中世遺跡を除き、あらかじめ保護指定を受けてきた近代の景観重要建築などをくわえてあたま数を揃え、ていよくお茶を濁したもので、ストーリーはさらにふやけてあいまいになり、古都保全という点でも後退してしまった。たぶんこれでは全く通用しないだろう。



数年前にあえなく廃刊
 もともと世界遺産には賛成派・反対派があり、それぞれ絵に書いた餅を食って「推進運動」を蚊帳の外からながめてきた。賛成派はグローバリゼーションにたとえられる。世界遺産に便乗して金儲けができない者は、負け犬。観光客や移民を盛大に招き、韓国人にチヂミを焼かせるなどして24時間眠らない町を目指す。・・・一方の反対派は、スローライフをかかげる。街のまわりにフェンスを築き、その費用は観光客に払わせる。

 いずれにせよ独断・極論のようなものにすぎず、具体的にはなんの議論にもなっていない。世界遺産に合格しようと落選しようと、古都保全は停滞したまま、乱開発も、負け組の衰退も、なにひとつ変わらない。マスコミが作り出す「春の湘南グルメ旅」的な、オシャレでしかも閑静、などという相矛盾した玉虫色のイメージに安住し、見たいものだけを見・信じたいものだけを信じ、他人の意見には耳を貸さない。

 議論とは、異なった意見の者を納得させる技術のことだ。しかし野党議員をはじめとする文化人たちがやっているのは、一方的な人格攻撃でしかない。EU離脱論やトランプ支持層なんてけっきょく学歴もない下等大衆だと嘲弄し、「エリート層に嫉妬する負け犬」「田舎の貧困層」だなどと切捨て、露骨に唾を吐きかけた。だがそんな罵声が当の貧乏人の心にとどくだろうか。メディアは差別とまったく同じことをし続けていたのだ。



霊山崎(立ち入り禁止)
 そんな態度をつづけていれば、生産的に議論が収斂することはないし、畢竟みずからに固執し、勝手な思いつきや実現不可能な「極論」をのべたてるだけに終ってしまう。これでは世界各地にさまざまな独善体制をうんだ「空想的社会主義」と、なんらかわるところがない。そもそも善悪二つの極論のどちらか一方を選べ、などという設問自体がばかげている。

 東大の名誉教授の70過ぎの先生が、こざとへんを「β」みたいに書いていたけど、だれひとりその間違いを指摘しない。馬を鹿といわなければ、殺されてしまう社会もある。「人を騙すより、騙される人間になれ」「人を信じて傷つくほうが良い」「社会を疑うのはダメ人間の証拠」。教育者やマスコミは、声を大にしてそう唱える。長い物に巻かれ、とりあえず他人にしたがっておけば、何よりもだいじな自分の責任を問われる心配がないかのごとくだ。これを【協調性】と呼んでいる。

 「正確さ」をうたう岩波文庫の「歎異抄」(1931・1981第59刷改版発行・p58)は50年間も誤植を放置してきた疑いがある。中公新書925「物語韓国史」(金両基1989・p284)は日清戦争を1905年の出来事であるかのように力説。こうした例は無数にあって、意図的であるかどうかはともかく、自称「一流メディア」のずさんな校閲姿勢を示している。




 日本のマスコミは、反日的ならどんな嘘でも信じる、といわれてきた。日本にいる軍隊は米軍なのに、アメリカの新聞は「日本は軍国主義」といいふらす。すると日本のマスコミは猫にまたたびと飛びついて、国内外に宣伝、進んで洗脳に協力する、というのだ。

 かつてロボトミー手術といって、凶暴な精神疾患者をおとなしくするための脳外科手術がおこなわれたことがあった。情報局総裁(国務大臣)を歴任した日本のゲッべルスとして、最も強硬な言説で知られた新聞社が、敗戦後、GHQやソ連・中韓を賛美する広告塔になったのはよく知られている。オ國ノタメニ、死ニマセウ・・・戦争を洗脳したその絶大な組織力・教員を中心とする熱心な購読者網・対支工作で培ってきた地下人脈は健在だし、過去の誤りを認めるくらいなら、どんなうそでもつく。「中国は親日」「偏狭なナショナリズム 日本だけ」・・・そんな活字が今日もお茶の間におどっている。

 反日であれば、マスコミはどんな外国をも無責任に狂信、サヨクの住む宝の国と賛仰し、どこまでも愛いものと執着して離さない。はたしてそれがいつ・誰の命令によるものかは、もはや記者本人の知るところではないらしい。


 けして反省などしない。「騙されていたから、自分は善人」「当時の社会の雰囲気だった」。そのくせ、なにかを自由に議論しようものなら、いの一番に怒り狂うのが文化人。大手マスコミに異議を唱えたいくつかの言論他社が、いまもデモ集団などによるいやがらせをうけている。なにを立証するでもなく、ただ「民意」だの「弱者」だのを擬態した、・・・実力行使だけが推奨される。倫理感を喪失した言論界に改心などというものはないのだ。

 「日本の大手マスコミもそう言っている」。だから外国人を説得することもできない。近隣国条項、ヘイトスピーチ禁止条例・・・言論圧殺に道をひらいた、あの日比谷焼き討ち事件のように、文化人がみずから国内外の世論を煽りつつ、公権力による検閲をいまも後押ししている。

 「弱者無罪」を振りかざし、「日本人は強者なのだからただ黙れ、ただ従え」、と言葉巧みに誘導する。未開人はばかなのだから何をやっても自由、ユネスコの人間は無知なのだからしかたがない、野党はとにかく絶対正義、などと唱えてあらゆる議論に蓋をする。なかには、いまだ日本がバブルの王者と心得て、「貧困の中韓に巨額の援助を施そう」「先端技術を移転しよう」「尖閣諸島などやってしまえ」と気前よく唱える者さえいる。



シラス船
 国連の諸機関にも多くの問題がある。「女子中高生は13%が援助交際」。反日職員(オランダ人)による悪意に満ちた嘘も、韓国人事務総長をはじめとする諸外国の共通の利益になっているのだとすれば、反論するだけ無駄かもしれない。しかし、自己正当化の域をこえた、虚言癖すらあるこのような異常者が、ぬくぬくと善人面をして息をしていることを、国連愛好家は知っておくべきなのだ。

 世界遺産担当のイコモス委員から、好感触を得た――あの手放しの歓迎・祝賀ムードはなんだったのだろう。願望と現実を取り違えている点では、狡猾に人種差別をあおるあのオランダ人と大差なかった。

 かつて戦争を煽った文化人は、「亜細亜の解放に寄与してゐる」「全世界が歓喜してゐる」と自画自賛した。独自の正義に多くの命を巻き添えにして、途方もない自己満足を得た。どれだけ敗北しても、けして敗北をみとめず、なにひとつ議論することもなく、同じ正義・同じ勘違いをくりかえす。何度騙されても人類のため、何度裏切られても真の友好のため。知識人は、自分の意見だけが尊敬され世界に通用する、と島国のせまい井戸のなかでずっと思い込んできたのだ。



新作プロムナード
 世界遺産なんてものは、認定されることが目的ではない。文化財や、遺跡・風致などが適切に保全されることが前提であるべきで、それでこそ人類共通の「遺産」として後世に残しうるのだと思う。さいきん「鎌倉の価値を再構築」するため、「国内外の他遺跡との比較研究」などということが地味に進められているらしいけれど、もちろん学術だけで解決する問題ではない。信仰や景観・自然環境など、保護すべき「価値」は文化財法だけでは測れないものがある。

 知識に乏しいユネスコ職員をうまく騙して、うわべばかりの偽の遺跡を合格させたとしても、それはほんとうの遺産ではない。三ツ星とは名ばかりで、一般客には丁稚がつくったような固くてまずい煮物でごまかす、あの「有名料亭」のようなものだ。かりに本物があったとしても、私有地だの地下保存だの永久秘仏などと称して、「関係者」以外、だれにもみせないのであれば、それはどこまでも「柵」や「立て札」でしかない。そんなものはただの「私有財産」であり、人類に共通の遺産には程遠いだろう。

 人類にとって、あるいは住民の未来にとって、なにが適切な道なのか。反対者・賛成者、さまざまな思わくがあるのだとしても、そこに【折り合い】をつけてゆく方法は、きっとあるはずなのだ。


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