トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第242号 


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もちださんの鎌倉リポート No.242(2016年12月21日)



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夜のパン屋


 WEBには、いろんなグルメ情報があふれている。わけもわからず行列ができたり、あっというまにブームが去ったりもする。そういういみでは、そこそこというあたりが一番なのかもしれない。

 道玄坂のフレッシュマン‐ベーカリーをはじめ、東京からむかしながらのパン屋がつぎつぎに姿を消している。現代的な焼きたてパンはたしかにおいしいが、どこもなんとなく似ていて、なんとなくあきてしまう。ポール‐ボキューズとかなんとか、かっこいい名前がついていても、どこでもあるような、いつも通りの「コーン‐マヨネーズ」なんかだったり。赤い包みのあの店のも、パリッとして香ばしかった、以前のバゲットの印象とは違う。なんかよその店とおなじ工場、おなじ配合、おなじマシーンで、失敗なく安全に焼き上げた(?)みたいな。


 たまにはじじいが実直につくっているような、昔ながらの「フルーツサンド」とか「たまごパン」みたいなのがたべたくなる。長年やっているところは、そこそこのものがあるはず。自家製のはさすがにしろうとくさい点もあるかもしれないが、そのぶん冒険的で独自のくふうもある。

 夕方にはろくなのないだろうと思いつつ戸を開くと、コロネのたぐいが何種類もある。共通のビニール袋にはいっているだけなので、あとで「なに味」をチョイスしたのかちょっとわからなくなりそう。なんだか駄菓子のモロッコ‐ヨーグルトみたいなあじがするクリームとか、ブルーベリーカシス、かぼちゃプリン味とか、やたら種類がおおくてややこしいのだ。

 たべながら思い出したのは、とおい昔のココア‐シガレットとか薄荷パイプ、香港のサンザシのお菓子とか、センター街のダッキー‐ダックで飲んだ真っ赤なカンパリ‐ソーダとか・・・。あらためてかんがえてみると、忘れていた味は、けっこうある。


 まえに「扇の井」をみせてもらったとき、たまたま別の店のフォカッチャをもっていたけど、見知らぬ人に生ものを差し上げるのもなんだろうと迷ったすえに、けっきょくもちかえってたべた。偶然「横浜名物 有明のハーバー」とか「ひょうちゃんサブレ」でももっていたらよかったが、普段からそんなの持ち歩く趣味はないし。ここのカルツォーネにはホタテかなんかがはいっていたとおもう。通りがかってみたら、やはりもう閉まっていた。

 たとえば具のクリーム‐シチューのようなものでも、市販のルーよりは粉から正直につくったほうがほんものにちかいし、たぶんおいしい。日本人はセロリとかパセリとかが嫌いだし、大手のものは万人に好き嫌いがないよう、大量の味の素をまぜたり、人工的に素材の味をうちけすようなものにしている、というのもあるんだろう。・・・

 おばあさんのアップルパイ(写真下段)といえば、むかし京都のラ‐ヴァチュールでたべた名物タルトタタンを思い出した。検索してみると、もう孫娘が跡をついでいるらしい。


 むかし世田谷に丸十という店があった。まだドライ‐イーストのよいものがなかった大正時代、酒種とかいろんなもので代用していた。そんな時代に開発された独自の発酵種を、店の名としてのれん分けした一軒だったらしい。

 日本ふうの、ふわふわな食パンへの流れを、決定付けたともいわれる。ただ現代のもののようにはふくらまなかったらしく、肌理こまかい一次発酵のまま焼いて強烈にしぼんだような、おおげさにいえば「化粧パフ」のような、わずかなゴムっぽさが、たしかにあった。現代人には、コンビニで売っている大手のもののほうが、口にあったのだろう。おしまれることもなく、いつのまにか閉店していた。


 でもそれが「昭和」の味だったのだ。だいぶ前に亡くなった「やぶ新」のじいさんがいうには、「今の客は藪そばの色もしらねえ。染めてるなんていいやがる」。でもたしかに、砂糖をきかせた甘っからいつゆの味だけは、子ども心にも古いと感じていた。口に出して言いはしなかったけど。

 人気タウンになれば競争も激しくなり、たぶん新参者が勝つ。住民もしらぬまに、新参者ばかりになってゆく。勝者はいつも「働き者」で、スロー‐ライフなんてものは、たぶんないのだ。町が変わるのは、あっというま。それが「住みたい町ランキング」に乗るおしゃれタウンの宿命というもの。失くしたことなんて、ずっと後にならなければ気づかない。


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