トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第253号 


▲もちださんトップへ戻る

もちださんの鎌倉リポート No.253(2017年2月24日)



No.252
No.254



木・2



旧城寺(横浜市緑区)
 水分の多い銀杏は、古来火災除けにうえられたという。平家の兵火は風に乗って大規模な延焼をひきおこし、「焼き討ち」と非難された。

 「宮木樵る梓の杣(*岐阜県)」などと和歌にも詠まれたように、杣山への植林は古代から各地でおこなわれたが、大木の需要は止まらず、有用な木は多くが伐採された。中世までは災害に脆弱な礎石基礎よりも掘立基礎の方がこのまれたし、江戸城の石垣の下や、近代の丸ビルの基礎にも大量の松の杭が打ち込まれている。建物のみならず、中世までは船をつくるさい、できるだけ継ぎ目をださない巨大材のほうが丈夫、と誤解されていた。

 なかには防火林や防風林のように、存在するだけで役に立つものもあるし、あるいは曲がって育ったため材木には不向きとされ、偶然生き残ったような運のいい木もある。曲がった木は乾燥すると不均等に反るため、嫌われたのだ。



恩田薬師堂(横浜市青葉区)
 これはムクロジ。種は羽つきの玉や数珠に、果実ぶぶんは水に浸すと泡立ち易く、石鹸以前には燈明油の煤を落とすなど、洗剤として利用されてきた。便利なものができ、いまでは用途が不明になった植物もすくなくない。俳句の正岡子規はへちまを愛したというが、へちま水は咳止め・痰を切る薬としてもつかわれた。

 こんにち、生活のほとんどの物資は「商品」として供給されている。風邪に効く、と書いてあれば、内容物を確かめるすべもなく飲む。化学物質にどんな副作用があるのか、個々の商品に製造者側のどんな未必の悪意がふくまれているのか、なにも知らされず、疑念を持ついとまもなく、ただ行政の取り締まりとか、マスコミの宣伝とか、現代社会を総体として信用するしかないのだ。

 エコロジーにせよスローライフにせよ、ただ漠然とあこがれる、古きよき昔の智恵のようなものになってしまった。自給自足とか、DIYとかいうのはもはや、時間に余裕のある人の手芸でしかない。ほとんどの人にとって、木は葉を散らし毛虫をよせる「面倒」で「厄介」なもの。種の多様性、ということを理屈ではわかっていても、いまなお実感として必要性を認識されている植物は少ないのかもしれない。



宝城坊(伊勢原市)
 バブル以降、日本の製造業は低迷し、欲のつっぱった経営陣ばかりが幅をきかせている。なにしろ欠陥品の多さ。洗濯機などでは「ビニール製パーカーなどを入れますと、本体が転倒し暴走して大変危険です」と書いておけば製造物責任法を逃れられると思っている。安全停止装置をつければすむのに、倒れても暴走しつづけるなんて、まさに阿呆の細工だ。また5時間で強制停止するこたつ。消し忘れをさけるためらしいが、飲んでうっかり眠った人が凍死するかも知れない。説明書に書いたから責任はないと考えている。

 かつて関西の大手m社のテレビが最初から音が出ないので問い合わせたところ、そんなはずはない、と修理も交換も拒否。「二流の安売り店で中古を買ったんだろ」などと悪態までついた。けっきょくその粗悪品は「二流」よばわりされた流通最大手ユニー・グループにひきとってもらったが、m社はその後、欠陥ファンヒーターの隠蔽で複数の人命を奪ったことが発覚、現在も低迷をつづけている。


 人類はやがて無知と驕りと狂信のなかで、滅んでゆくのかもしれない。それがいつかは知る由もないのだが、グローバル社会のひろがりとか科学技術の発展は、すでに人知をこえる速度ですすんでいる。認識をあせるあまり、西暦2000年になるとコンピューターが暴走し世界が滅亡するなどと、くそまじめに報じられたこともあった。

 年輪とおなじように、ひとびとの良識にも地層があって、これをアーケオロジー(考古学)とよぶらしい。歴史観がつねに新しく生まれ変わるのは、明治時代に空想された鎌倉時代は、あくまで明治時代に属するからだ。昭和には昭和、現在には現在にとっての歴史がある。パラダイム‐シフトだとかいって、新しい紋切り型に固定しようとしてもむだ。どんな知識もやがては過去の地層にうずもれてゆき、創作されたその時代における過去の遺物、【知の化石】として、考古学的に理解されるだけだ。

 間違いはだれにでもある。ただそれは、その時代時代においては、明白な暴力によって【強制される】たぐいのものだ。メディアが激賞する政党のなかには、他人の人格否定をなりわいとし、「過去」になんども外国人による不法献金をうけ、外国政府の要求に応えて拉致実行犯の逃亡にも協力、憲法違反の言論統制や参政権譲渡をひそかな悲願としているところもある。



左・春日曼荼羅(東京国立博物館)
 日本書紀には、榊について興味深い記述がある。まず天岩戸の場面で、中臣・忌部の神主の先祖が、天香具山の「真坂樹」を掘り、上の枝には「八坂瓊」の「曲玉」、中の枝には「八咫鏡」、下の枝には「青和幣」「木綿」をかけて祈った、という。

 また景行天皇十二年・仲哀天皇八年の条には、天皇の九州行幸の際、現地の土豪がやはり榊に「八握剣・八咫鏡・八尺瓊」「白銅鏡・十握剣・八尺瓊」「八尺瓊・白銅鏡・十握剣」を提げて歓迎した。祭祀具の献上は投降の意思を象徴的に示す。祭祀具は神のすがたを映す「依り代」であるとともに、神そのものの姿でもあった。

 祇園祭の山鉾のなかには神木を据えつけたものがあり、天皇の代替りには大嘗会の「標(へう)の山」といって、多くの幟旗のなかに神木を立て、日月の作り物をはじめ麒麟とか中国の仙人図など、縁起のいいさまざまなオーナメントで飾った豪華な標山も用意された。要は新年をことほぐクリスマス‐ツリーのようなものだ。


 キリスト教ではクリスマス‐ツリーを聖書に説く「生命の樹・智恵の樹」の象徴とする。中世に教会とこじつけられる以前には、ゲルマン民族の冬至の祭りとしておこなわれていたという。北欧ではイグドラシルという巨木に、全世界が懸かっていると信じられた。また世界各地にも、類似の信仰は数多い。樹木は生命や実りをあらわし、翌年の実りを待ち・育むことは人間だけにゆるされた智恵、と考えられてきた。

 生命の樹には、各民族の信仰や伝説、呪術的な神秘思想が反映している。キリスト教では、キリストの系統樹として描かれたものもある。また、各枝が無限の成長をあらわす唐草のような渦巻きで表現されたものも多い。狭義の唐草文はオリエントから伝わってきたものだが、同趣の模様はすでに縄文の漆器にもみられ、アイヌの装飾にもある。植物が示す吉祥文様はすべての人類に共有のものらしい。環境の破壊は、狩猟・農耕にかぎらずほぼすべての民族の生存をおびやかすものだからだ。

 開発によって雑木林がへると、鳥獣や毛虫のたぐいが人里に下りてきて、やがては絶滅してしまう。小鳥は好きでも、えさの毛虫が好きな人は少ないだろう。



影向寺(川崎市高津区)
 貴族が和歌で四季を詠むのも、天候の順調な運行をいのる意味があった。「白妙の衣干したる天の香具山」という歌も、さいきんの説では、春の雪を神様の夏衣にたとえ、違例の寒さが去るように、天皇自らが民の不安をやわらげた公的な大歌・一種の呪文なのだとか。初夏の写生とか、ただの洗濯物とかいう歌ではなかった。

 美しい花がある、「花」の美しさというようなものはない。小林秀雄の「当麻」という随筆にでてくる有名な一節。むかしの人は、美しい花にいみがあるかなんて考えもしなかった。ただ現代はちがう。専門家の定評がなければなにも見ようとしないし、国宝でなければ価値のないものとおもいこむ。満開情報がなければ桜があることも知らず、はては「国宝・鎌倉大仏」「世界遺産・姫路城」などといった無用な石碑の【文字】の前で、記念写真をとるのだ。私たちは多くの情報にうもれて、みずから感じ、考えることすら忘れてしまったのかもしれない。


No.252
No.254