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もちださんの鎌倉リポート No.261(2017年4月8日)



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かまくら日記・1


 国会図書館デジタル‐コレクションに「かまくら日記」と題する江戸期の古写本があった。昭和19年購入、明治の医師・藤浪剛一旧蔵の印があり、岳父にあたる古典学者・物集高見(1847-1928)あたりからつたわったものだろうか。作者も年代も不明だが、鶴岡八幡宮が文政四年1821全焼して「十年余り」といっているから、1832年ころ、江戸の女性が書いたものらしい。

 実家の父と旅した事情は不明ながら、筆者の父は今も残る金沢八景の老舗料亭「千代本」の縁者であるらしい。この料亭は広重の浮世絵にも描かれ、レポ244で紹介した幕末の古写真にもばっちり映っているのだが、常連さんなら、「千代本」で聞けばなにかわかるかもしれない。なぞの名木・普賢象桜や今宮六本杉の消息など、興味深い記事も多く、地元マニアの方はいろいろ推理していただきたい。以下、釈文。



妙隆寺
 かまくら日記

鎌倉の古跡見んとて弥生廿日余り八日の日、父君に伴なはれて先づ金沢へと志す。僅かに十日過ぎぬ旅ながら、いと遥かに思ひやられて、家を離れし心地哀れなり。門出すとて、父君
 道すがら春の名残りも惜しまばや
など云はるる折しも、纜(ともづな)解きぬと告ぐれば、急ぎ行きて舟に乗りぬ。芝浦に来にける頃、俄に荒らかなる風出で来て、長閑など云ひし言の葉、吹き散じぬ。
そこより大きなる船に乗り移りて行かんとするに、風やう/\激しくなりもて行けば、いかならんと思ひ煩ふ程、舟人「かくては船もえ漕ぎ遣らじ。我が知る人のもとに」、と云ひつつ、また小さき舟下ろしたれば、それに乗り移りて漕がれ行くに、波少しづつ舟の中へうち入りなどすれば、いとすごう、いかならんと怖ろしう覚ゆるに、辛うじて岸に着きぬ。嬉しさ言ふべうもあらず。下りて行く程、猶ゆらめきて舟の心地す。空を歩むやうにて、この船人の知る人がり行きて宿りぬ。そは芝の金杉なりけり。


廿九日。空いとよく晴れ、いとしも凪ぎ風少し冷ややかなれど、漕ぎ出づる舟のさま昨日には似ず、心長閑なり。まだ仄暗きより追ひ手に任せて真帆掛けたり。父君
 行く春といざ連れ立たん舟の旅
など例の口すさび給ふ。明けもてゆく空の景色等、云はん方なし。目慣れぬ海つらに持て囃されて、烏の鳴きて渡るさへ殊物の心地す。霞ながらに波の中より射し出でたる朝日の、化粧紅などさいたらんやうにて、いと美し。愛で見囃さむ友どちに、見せまほしき朝ぼらけなり。こなたを見やれば、いと仄かに富士の高根白う見ゆ。父君、見つけやし給ひけん、
 曙や霞の奥の富士の山
と口ずさまるるもしるし。見る/\霞棚引き添ひて、高根やや隠れなんとす。
 降りつもる富士の深雪は明日も見ん 今日をかぎりの春の霞や
供の人、「富士はいづら、限りなくめでたしと思ひしものを。明日も霞の立ちこめて」と呟くもをかし。舟いと静かにて、行かぬかと思ふばかりなれど、いつしか限りなき海原に出でぬ。父君
 人の船ばかり走るよ春の海


水の面平らかに霞みて、遠く舟五つ六つ見ゆ。雁の一列鳴きて行くも、常よりはうちまもられて、
 古里に帰るその日は汝れと我 いづれか先にならんとすらむ
声の聞こゆる限り見やる。巳ばかりより風、南に変はりぬれば、帆傾けて舟走らす。父君
 すさる帆や日永を船の溯る
金沢までは遣り難しとて、横浜と云うに着けたり。ここより下りての道数多行き、中里といふに至れば、山また山にて松のみぞ生ひ茂りたる道、さかしう降りみ登りみ行くに、日もやう/\暮れなんとす。夕霧たちこめたる中より鶯の声、仄かに聞こえたる、いとをかし。
 聞くからに急ぐ心も弛みけり 暮るる山路の鶯の声
 行く春もしばしはここに留まらなん 余所に過ぎ憂き鶯の声
能見堂にて日暮れ果てぬ。ここにて松ともして行く程、まだ光残れる空、海に移りて木々の隙より見ゆれば、瀬戸と云ふはこのわたりにや、と思ふに父君、
 金沢の波より春の泊りなれ 
行き/\てこの金沢の「千代もと」と云ふに宿りぬ。


朔日。今日もなほ「千代もと」に居て、称名寺に詣づ。この「千代もと」の主、元より知れる人なりければ、案内がてら共に行きぬ。これかれ見る中に、美女石・姥石といふ有りけり。いかでかかる名は負わせけるにか、とあやしき物から、故あるらんと思へば、かつはをかし。八つの木とて名に立てる青葉の楓・桜梅、扨は文殊像など、みな時めきて青みわたれるに、普賢象の桜見えねば、いづれにかあると問ふに、「はや枯れ侍りにけり。あの木になん」と云うを見れば、根のみ僅かに残れり。いと本意なし。
さいつ比の春、舅姑の者、ここに詣で給へりし時、この桜の花、異(こと)様なれど数多あるべくもあらねばとて、家づとに持ち帰り給へりしを見しに、すこし萎れにけれど色はなほ美しうて、花の中より茎出でて、いま一重咲ける様、げに珍しう、類ひあらじとこそ思ひしが、さるにかく枯れぬるがいみじうて、
 この春も咲きぬと聞かばいかばかり 嬉しからまし華は見ずとも
案内に任せつつ行けば、塩浜と云ふに至りぬ。磯の松よりはじめて塩竃のさまなど、絵に書いたらんようやうなり。こなたなむ、乙艫の浜と教ふる方を見るに、潮いとよく干て美しき貝数多あれば、磯屋に下りてこれかれと拾ひ集むる程、またなく珍しう嬉し。


父君傍らに立ち給へれば、「拾ひ給わずや、麗しき貝なるを」と云へば、
 いろ貝や昨日の春の行き残り
とてうち笑みつつ、いともささやかに美しきをたなひらに据えて見居給へり。いと珍しう、さらにあらぬべくもあらぬ物から、雨降りぬべき気色なればとて、帰りたるに妻(め)なる人来て、「ここは騒がしう侍るを、あなたに移ろはせ給へ」とて、やがて奥の方に伴なひぬ。
げにいと静かに、雨の音も蛙の声も心長閑に聞きなされて、思ふやうなる宿りなりけり。されどうち曇りて暗ければ、表の庇の障子少し開けたるに、見渡しの海面いと広う、島山の佇まひ、殊更に造り成したらむやうにて、えも言はれず。心あらん人見ましかばをかしげなる言の葉も出来なましを、何事も人におくれぬる身にて、など語らふ程に、このもかのも、やや暗う成りぬれば引きたてつ。
主出で来て、「騒々しくやおはしましけん。先づ火を」とてきら/\しう燈し渡して、例の酒出だしぬ。肴など海山のもの数を尽くしてものするさま、主(しう)にてありける昔を忘れず、猶かくもてなし借し作らむと思ふに、心ばへの程あはれなり。人に似ぬ心にて、互みに仕ひもし仕われもしつるを、今はたかかるは、いと嬉しう楽しげに、見るめ甲斐あり。



材木座
「今年は閏ある印しにや、いと寒う、夏と云ふは名のみに侍り」など云いつつ、盃差したるを取り給ひて、父君
 衣更へ替へつて衣重ねけり
と口すさび給ふを聞きて、今ひとつ、と勧むれば、
 重ねてや今日も春とは思ふらん
差す盃に、花の衣になど思ふ程に、夜いたく更けぬれど、みな酔い痴れて寝ぬべくも思はぬさまなり。鶏のしば/\鳴くに驚かされて、みな静まりぬ。

二日。朝まだきに主、割籠設けて、「今日は島めぐりし給へ」とて、舟下ろしたれば、供人ども四たり乗りぬ。風そよ/\と、うちそよめいたる程涼しう、今日は少し夏の心地す。例の酒とうて呑みつつ、ここかしこうち巡りて、夏島といふに漕ぎ寄せて下りぬ。
かの瀬戸もの浜に似ぬ貝のあるに、またもえうち置かれで拾ふ程、日の長くるも知らず、人の拾ひ得ぬを拾ひ得たるなど、いと誇りかに見ゆるもをかし。ここにて割籠開かんとて、持たる限り引き拡げて、盃やや巡りつつ顔赤らなりもてゆくに、汐満ち来とて居処をあなたに移し替へなどする騒がしきも、またをかし。汐の脚いと速ければ、父君も物運びなどし給ひて、
 夏島へ来てこそ夏と思ひつれ
今はとて拾ひ集めたる貝ども船に運び、みな乗りて日の暮るるほどに帰りぬ。(つづく)


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