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もちださんの鎌倉リポート No.262(2017年4月13日)



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かまくら日記・2


三日。鶴が岡の若宮、今日御祭と聞けば、つとめて出でたらんとて物繕らふを、誰が斯くと告げけん、家刀自出で来て、「こはなぞ、おはして幾日にもなり侍らぬを、今しばし」など云えど、「かかるついでならでは御祭り見にと、いかがはふりはへ物すべき。思ひ立ちにし事なれば、今日なむ参るべき」とて、もろともにふね尽きぬことなれば、「帰りね」といへど「猶々」とて従ひ来る程に、武蔵と相模との境ひに来にけり。「いざ今は別れなんよ、限りもなきを」とて、強いて帰しぬ。
「御帰さには、必ず立ち寄らせ給へ」とて、顧みしつつ行き過ぐる程、遠ざかるままに形小さく成りてゆくを、顧み給ひて父君
 声もなく鶉は麦に隠れけり 
あの木なからましかばとて、立ち止まり給ひぬ。
 さらでだに遠ざかり行くうしろ手を 繁き若葉の隔てつるかな


朝比奈の切り通しに、梶原の太刀洗ひ水といふなんある、と案内人の云ふを聞くも、いと憎し。坂降り果てつれば、藁家有りて内にいとう老いたる女居たり。この家にて近頃田の中より黄金のびさもん天掘り出だし侍りつと云へば、立ち寄りて拝み奉るに、久しう埋もれたりと見へて、御鼻など印ばかり残りて、ただ真黒なるやうなれど、所々光見ゆ。掘りあてつる時の鍬の跡といふ所、すこし欠けたるに、そこにしも金色はな/\と顕れぬ。
やや行きて大塔の宮の土の牢に参りて見奉るに、聞きしよりも恐ろしき御座し所のさまなり。いかなる御心地にておはしましけむ。大蛇なぞ住みけん跡と云わんにこそは、似つかはしかるべけれ。いとも/\忝なき事と思ふに、父君、「直義卿の御心構へも、淵辺が仕業も、さらにこそ謂ふ由なけれ」とて、
 憎き物に指折り添へん蚤と蝿
ここよりは遥かに離れて、この宮の御ぐし塚侍り。「あの見ゆる松なむそれ」、と云ふ/\案内す。いと高き山の上なりけり。奉らむも畏けれど、行く手に折れる躑躅・山吹など御前に置きて拝み奉る。いと哀れに覚へて、
 一もとの標しの松に置く露を ま袖に掛けん物とやは見し



修復前の神輿
遍界一覧亭に登り、やがて北条高時朝臣の塚に詣でんとて行くに、いとう苦しき山道なり。こともなき所なるを、用なき業してけり、とうち侘びつつ汗に浸りて行き戻る程、苦しとも苦しく、疲れはてて平らかなる道に出でぬ。荏柄の天神をはじめ、法花堂、さては右大将頼朝卿の御墓など、なにくれと詣でて、鶴が岡の御宮に参りぬ。いつしか新たに、いと清らに御宮出で来にけり。御前に額づき給ひて、父君
 和らぐや夏の初めの日の光
と聞こへ奉り給ふ。またわるけれど御宝物拝みて、外(と)に出でたれば、神輿渡らせ給ふとて、その方の人も物見のも、一つ所に集まりて立ち騒ぎたり。御祭りのさま察するに、所がらよりは増さりて神々しかりけり。
この宮焼けて十年余りにもや成りぬらん。その折にかの六本の杉も焼けにけりといへど、跡をだにとて行きて見れば、根は一本ながら六本に分かれたりけり。いと大きなる帆柱など立てたらんやうに、六もとながら、いとあいなく立てりけり。この木繁りたらん折は、いかに木のもと小暗かりけん。恐ろしき所とか聞きし。げにさもありけんかし。


いざや御猿畠に、とて赴くに、また山道なり。疲れたる足には及ぶまじくや、と思へど、この法の為にここら辛き目見給ひけるを、と思へば、たゆたふだに罪得がましうて、急ぎ行くほどいと遠かり。遂に登り果てて祖師の御前に額づき奉りたる。いとう忝なけれど、日もやや入りなんとすれば、今はとて降り行くに、畠山重保の塚なん侍る、と云へば罷りぬ。
うち向かふ程に三日月仄めき出でたり。澄み渡る影のさやかなるに、この親と子の心清さ、ふとよそへらるれば、哀れも増さりて眺めやりつつ、宿りに至れば、月も山の端に入りぬ。

四日。建長寺はさらにも云はず、こなたかなた詣でて、円覚寺に参りぬ。坊に人遣りて、「仏牙の舎利、いかで拝み奉らまほしう」なんどねぎ聞こえさせければ、法師出で来て、「さらばしばらく待たせ給へ。一山の僧集むる掟なれば、しかして」と云ひて立ちぬ。ややありて、鐘撞き鳴らすほどに、先の法師来て「いざ、こなたへ」とてその御堂に誘なひ据へたり。
法の師数多にて御経誦(ず)し、御厨子うち開けば、右左に僧達立ち添ひて拝ませぬ。厳かなるも理りに、いと尊とし。父君に居替りて拝み奉るに、先づ驚かれぬるは、御歯の大きさなりけり。幅は五六分にて、長さは一寸余りもやあるらん、と見ゆる。様々なる色の玉多く御歯にまつわりて、輝き合ひたる尊とさ、何とも云ひ知らず。


 止どまらで涙も出でに出で来らむ 忝なさの限り無ければ
と思ふほどに、父君独り言に、
 我が涙玉ともならず夏寒し
とばかり。父君も立たまく惜しげなり。されど、かくてしもあるべきならねば、やや拝みて出でぬ。
それより実朝公の御墓にとて、参りて見れば例の岩やぐらなれど、唐草彫りて色どりたり。昔は麗しかりけんを、今は大方褪せて仄々その色にもやと思ふ斗りなり。
長谷の観音、かの大仏など詣でて、やがて長谷に泊りぬ。

五日。今日は江の島なりと聞けば、足の運び軽ろらかに覚えて行くに、日蓮の袈裟掛け松と云ふなむありける。
 うちそよぎ梢を渡る松風も 御法の外の声とやは聴く
行くままに、おどろ/\しき音の聞こゆれば、こは何とうち驚かれて、何とも思ひ分かれず、空のみ見上げらるるに、父君、「今は七里が浜近ければ、波の音の聞こゆるなり。さのみ驚くべき事かは」と笑ひ給ふに、心落ち居て、
 鳴神のとよむとばかり思ひしに 寄せて砕くる浪の音とや
いか様の波にか、厳めしき事と思ひやらるる折しも、遥かに白う見ゆるはそれなめり、と見る程に、浜辺に至りぬ。立ち来る浪のさま、目馴れずいと凄う、心慌ただし。しばし休らひて、波の音を聞く/\小余綾の里を過ぎて、腰越村に至りぬ。


満福寺といふに義経の朝臣の腰越状ありと聞けば、行きて見るに法師、文をうち開きつつ「なべては弁慶の手になん。この所々の加筆は、かの君の書き添へ給へる由、申し伝へ侍る。本書は鎌倉に、下書きはここに残り侍るなり。こは硯池、かれは腰掛け石」とて、いとよく云ひ聞かす。知らぬ世の事ながら、そのままに残るを見れば、哀れにもあぢきなうも思ひやられて、良からぬ人のさかしら言さへ、改めて憎まるるやうなり。
さて江の島へ渡りにけり。よろづ目馴れぬ事のみにて、いとをかしともをかし。本社はさらなり、上下の宮に参りて、ここかしこ見めぐる程に、児が淵と云ふになん至りける。臈たき名には引き違ひて、気色いと怖ろし。かの稚児はここより身を投げけるにか、と差し覗けば遥かに遠く、水の色青う凄しとも凄きに、立ち来る浪、聳へたる巌に当たりて砕け覆へるさま、見下ろすも危うければ、立ち退きぬ。
岩屋へ行かんとて、児が淵の片つ方より下りたるに、岩ならぬ道もなし。俄に異国に来たらむ心地して、巌を伝ひつつ行きと行く程に、平らかに広き石の見ゆれば、そこに行きて休らひがてら見渡すに、遠き国々も遥かならず。青海原の白浪は春の雪の斑消えに通ひなどして、いと面白し。
この憩ひゐる下なる岩の洞(うろ)の内に、何にかあらん、動くやうなれば、下りて見るにいとささやかなる魚の、潮とともに引き残されて、狭き所に辛き目を見るなりけり。海は近けれどいづこの岸も波いと高く、巌も引き包みて、もて行きぬばかりうち懸くるに、捕らへても放ちやるべき由なければ、満ちなむ汐にうち任せて、音に聞きつる岩屋に行きぬ。


入りて見れば、あやしう大きく広き岩室にて、いとう暗し。案内人、松明点したれど光明くもあらず。小さき石ころ/\として、道いと心もとなきに、雨のやうに清水さへ落つれば、いとど物むつかしうて、濡れ/\辿り行く。橋を渡る心地すれば、「何ぞ」と問ふに「無明の橋、蛇形の池」といふ。
水の流るる音聞ゆるもすごくて、暗き所を用意しつつ行く心地、いみじともいみじ。御明しの仄かに点いたるを指して、何がし菩薩・くれがし尊者などいへど、あからめすべき所かは。行き果てて辛うじて出でたる程、夢の覚めぬる心地す。
されど見つるは嬉しこの島に、花と夜は宿りても見まほしけれど、古里恋しからぬにしもあらねば、やがて片瀬になん赴きける。龍口寺に参りたれば、物売り鬻ぐ商人も、詣づる人も数多にて、いと賑ははし。七面明神おはします山の上より、沖の方を見渡して、
 四方の海静かなる世の旅路には 恵みの露ぞ袖に置くなる
と云へば、父君
 鎧着た昔もあるを薄羽織
げに田舎人といへど、鄙びたるは少なくなん。

六日。今日よりは帰さの道と聞くに、例の癖なれば古郷床しうも床しうなりて、小道にも寄らず、笑わるれど、急ぎとなん、急がるるや。  (終)


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