トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第36号 


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もちださんの鎌倉リポート No.36(2008年6月14日)



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泉水やぐら群



積善谷(ハイランド入り口)との境にあるやぐら。
 ハイランド坂下の西側の谷(やつ)を泉水という。すぐ近くの山すそからやぐら群がはじまっていて、写真のやぐらのまうえの山道には切り通しもみられる。尾根ぜんたいが遺跡らしい。

 尾根上の平場は砦、ないし物見台になっていたと思われ、浄明寺地区と十二所地区を隔てるように南北から突き出した尾根の南がわのものにあたる。この尾根はハイランドの造成により南側がけずられ、「やぐら群」のある先端部分をのこしているにすぎない。写真のやぐらのまえは長らく空き地になっているが、たったこれだけの岡を後世にのこしてゆくためにも、これ以上の乱開発はぜひともやめてほしい。

 小雨ちらつくなか、尾根道に向かう。金沢街道から西泉水橋をわたって写真の沖縄料理屋の左の路地をかぎの手にまっすぐ進むと山すそに出る。か細い山道が山麓にそってつづく。右手が斜面、左がちいさな竹林。小径はひどく荒れていて、わずかながらゴミも散乱、倒木、崩壊面も多く、すぐに道筋がわからなくなる。

 斜面の側をみると3メートルくらい上に2、3のやぐらがみえる【写真6】。ここまでの標高はほとんどないが、この3メートルの急斜面をよじ登るのがけっこう難物だ。土がやわらかく、足場が崩れ、靴が泥になり、しめった土に手をついたりして、汚れる。ころばぬさきの「ヤツデの茎」。天狗のうちわとしても知られる、この丈夫で弾力性のある、ザイルのような植物は、急斜面のあるところ、ふしぎとどこにでも生えている。


西泉水橋(中央)とやぐらの森。ふもとあたりの小字を「東泉水」といっている。



宝筐印塔の浮き彫りがあるやぐら。塔身にきざんだ梵字は金剛界大日の種子バン。
 百八やぐらに見られるような五輪塔の浮き彫りが多いなか、ここならではのものもある。完存した宝筐印塔の浮き彫りや、裳階のついた多宝塔の浮き彫りがあるやぐらなどだ。

 宝筐印塔のやぐらにはぼろぼろになった小型五輪塔の残骸がまだ多数のこっている。踏み荒らさないように、慎重にすすむ。半肉状にきざまれた浮き彫りの保存はよく、宝筐印塔の相輪が比較的ほそく短い点などから鎌倉末期か南北朝期のもののようにみえる。奥壁、中央の宝筐印塔をはさんで五輪塔2基、右壁にも1基、左壁には龕。

 この宝筐印やぐらは現在、山道が絶え絶えになる付近から最初に見える位置にあるが、「鎌倉市史」などにはあるべき記述がない。昭和の半ばまで、かなり埋もれていたのかもしれない。ちなみに市史に唯一の例、としていた百八やぐら(最上段)の宝筐印塔浮き彫りは、風化により上部がわずかにのこるだけだ。

 やぐら群でみつかった一部の五輪塔類の記年銘は「至徳●年(1385ころ)」「応永四1397」「応永丙子1396」などであるという。これらはいずれも室町期のもので、公方府の年代を示している。もっとも記年銘のある小型石塔は、ここに限らずたいてい室町のものだから、全体の築造年代を示すわけではない。

 いったん下りて右のほうにもやぐらがみえる。多宝塔の浮き彫り(13号穴)は瑞泉寺裏山にあるのとちがって、屋根が二重になっているため一説に多層塔ともいう。かなりくずれているが、羨道付近のみぎがわに、ちょうちんのように刻まれている。このやぐら近辺については、あとでwebを調べてみたら「りんしゅう」さんという方のHPに詳しく写真がでていたので割愛する。「鎌倉好き」の同氏レポートページからもリンクしているので、興味のある方はぜひ参照を。

 さて、これらのやぐらの上は尾根上の平場になっていて、視界は悪いが積善谷(ハイランド坂下)がわの家々が樹の間から透けている。いっぽう西泉水橋あたりからは足利公方屋敷跡の碑がほどちかくに望まれる位置関係にあるので、かつてここが公方府の物見台になっていただろうことは、容易に推察できる。


宝筐印やぐらのなかに散乱する小型五輪塔(上)。となりのやぐら(下)。



掘割部分。右の岩壁を手前にたどってゆくと、上の写真のやぐらにつながる。
 尾根の上にはきり通しのようなものもある。写真の奥は積善がわの中腹に消えている。手前はさきのやぐらがある泉水がわの切岸に沿っているが、こちらはだいぶ崩壊しており倒木もおおい。地図では、やぐら下の山道ともつながっているはずなのだが、現状ではそちらも消滅していてまともに通行できない。

 もうすこし地形を把握したかったが、小雨もすこし強くなってきたので、このへんで探索を断念することにした。すぐ下にみえる竹林を目安に、いそぎ元の場所までもどる。たいした距離ではないが、足場が悪い。また天狗の小道具にたすけられ、雨脚がちょうどはげしくなってきたころ傘を開くことができた。

 夏場はたぶんもっと深い藪に覆われ、ススメバチが飛び交ったりするかもしれない。山中でマムシに遭ったひともいるという。その辺の「常識」については重々御納得いただけるとおもう。

 さて、この竹林をかこむさびついたバラ線のほとりに、子供用の小便器の朝顔がもう何年も前からおちている。片づけられてもいないということは、それ以上ごみの不法投棄がすすんでいない、ということでもある。

 子供のころ、はじめて天園に行ったさい、偏界一覧亭のあたりは行楽客によるものすごい量のごみがまき散らされていた。山をよごすのは嫌いで登らないひとではなく、まぎれもなく登山愛好家だ。海や川をよごすのは釣り愛好家である。ひとびとのマナーが少しは良くなってきたのか、それとも埋もれた史跡を探訪する愛好者全体の数が減ってきているのか、そこは私にもよくわからない。


斜面の上にみえるやぐら。


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