トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第80号 


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もちださんの鎌倉リポート No.80(2014年11月12日)



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鐘について・2



建長寺
 鐘はいにしえの時報。機械時計は江戸時代からで、中国の紫禁城などにはまだ水時計がのこっている。平家が西国に落ちていったさい、三種の神器とともに抱えていったのが「時の簡(ふだ)」というもので、天皇御所の殿上の庭にたて、標準時とした。時をあやつる者こそが王、そんな思想があった。

 晴れていれば日時計、天体観測も可能だろうが、ちいさな寺などではせいぜい、灯明が燃え尽きる時間ていどでしか、時を測る方法はなかったろうと思う。さもなければ中央の鐘鼓を順ぐりに聞きつたえ、ならしていたのかもしれない。 



双頭の蒲牢と宝珠(上瀬谷妙光寺)
 古代社会では「木鐸」はよいしらせ、「金鐸」は戦争や刑などを告げるものとされた。火事の半鐘なんかはそのなごりだが、途上国では鼓楼や鐘楼が、いまも権威の象徴として町の中心にそびえている。時計がくるうと町全体が崩壊してしまうEAポーの「鐘楼の悪魔」はおおげさだとしても、鐘とともに城門がとじられるさまは、なんだかスパルタ式の進学校を思い出させる。

 中国では蒲牢という海獣を鐘に見立て、クジラ(撞木)におそわれ泣き声をあげるのだという。銅鐸の古訓は「さなぎ」で、鋸歯文は鱗文でもある。「安珍清姫」の大蛇などは卵生譚とかかわりがあるらしい。古語では蛇も「虫」なのだ。



龍と水の女神(海老名市・有鹿神社鐘)
 よくしられている説話は安珍清姫の「道成寺」。山伏に恋焦がれたむすめが、大蛇となって追いかけてくる。山伏は道成寺(和歌山県)というところの鐘のなかに隠れるが、大蛇は鐘にまきついて火炎となり、焼き殺してしまう。

 この説話の祖形は華厳祖師伝にある新羅僧・義湘にまつわるもので、留学中になじんだ善妙というむすめが身を投げ、竜になって帰国船をまもった、とする。これは性を容認する在家仏教の立場から説かれたもので、義湘の法兄の元暁という僧は新羅王の婿となって子までもうけている。こうした思想は道鏡事件の背景ともなったようで、さすがに日本仏教とはあい容れなかったが、竜のイメージはうけつがれた。



宝戒寺
 狂言「鐘の音(かねのね)」は、息子の成人祝いに贈る太刀の「金具の値段(カネのね)」をきいてこい、と主人に命じられた太郎冠者が、鎌倉の名鐘をたずねまわる話。

 だが太郎冠者は名うてのいたずら者。ぐうぜん聞き間違えたはずもなく、鎌倉でゆっくり羽根をのばし、家族におみやげまで買ってかえり、主人に一泡ふかせるという趣向。べつの狂言では、和尚のだいじな飴を食ったうえに重宝の茶道具をみるも無残に破壊する。棒に縛られてさえ、主人の酒樽をぜんぶ飲み干してしまう。まさに日本のティル・オイレンシュピーゲル、おそるべし。



閻魔堂
 ここで名鐘とされたのは五大堂の破れ鐘、寿福寺のちいさな鐘、極楽寺山上の鐘、建長寺の鐘。はじめの方の鐘は甲音「くわん」「こん」としかならず、硬い音だった。低周波でひびきわたる乙音は、「じやもうもう・・・」「じやあんもんもんもん・・・」などとかかれているが、香水でいうラスト・ノート(余韻)のような、複雑な倍音をふくむのがよい音とされた。

 倍音は現代音楽の、いわゆるスペクトル楽派が注目したもので、人工的な音階・和音とはまったくちがうため、いちいち周波数の測定などをして自然界の複雑な音のかさなりを割り出す。黛敏郎さんの「カンパノロジー」は文字通り鐘の音を追求したもの。



円覚寺
 文化財の鐘は除夜にしかならさない場合が多い。順番などいろいろめんどうなので、初詣には自由に撞ける宝戒寺のがいいとおもう。

 五大堂の鐘(1235)ははじめ銅銭300貫文で鋳たがうまくゆかず、30貫あまりを足したという。1貫は1000匁(4kg弱)、つまり銭1000枚のことで、銭の銅をとかしてつくったわけ。

 仏教では結縁がおもんじられ、万人が善意の銭を持ちよることこそが供養となった。鐘の音は地獄にまで届くとされ、横死した家族を浄土に導く資ともなる。中世の銭は日本のものではないため、本物も贋物もなく、「破銭」にはあたらなかった。中世の金属生産は人件費による変動がおおきく、奴隷労働がさかんな国・地域では極端に安くなった。


 「新編相模国風土記稿」にはうしなわれた鐘の銘文がいくつかのこる。上糟屋・熊野神社にあったものは糟屋有季が先祖・盛季のために同地の極楽寺におさめたとされる(広階忠次1196)。鎌倉・崇寿寺の銘には開山の南山士雲、「大檀那菩薩戒弟子崇鑑」こと北条高時、本願「士恭」の名があったことがわかる(大工道光1327)。  

 おなじ物部道光が鋳た法泉寺の鐘がのこるとされる、浄土宗阿弥陀寺は有栖川公園のうしろ。宮様御用達・愛育病院の向かいにあるが、いつもゲートを閉ざしていて、いわゆる面会謝絶の寺らしい。そのほか「大檀那相模禅定門崇鑑」の銘がのこるのは茨城県の潮来にある長勝寺の鐘(物部助光1330)。こちらは遠いばかりか高い鐘楼のうえに吊ってあって読めない。


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