鎌倉好き集まれ!poko fukuokaさんの鎌倉リポート・第77号(2009年5月21日)

伝北条時政邸跡やぐら群

NPO鎌倉ガイド協会の史跡めぐりのパンフレットを4月に手に入れ読んでいると、唐糸やぐら、日月やぐらが、「特別公開」の、文字があった、これは見にいかなければと思い、すぐに申し込んだ。
5月20日9時30分に鎌倉駅前が、集合になっていた、私が着いたのは9時15分頃、もう 結構 人が集まっている、私は96番目でした。
20人で1組でガイド協会の人ついて出発していく、コースは、安国論寺、名越切通、法性寺、大切岸、浄明寺緑地(昼食)花咲地蔵、唐糸・日月やぐら 釈迦堂口です。

 途中のことは、省略して、唐糸・日月やぐらへ、この場所は、北条時政邸跡と言われていましたが、最近の発掘では、北条時政の頃 遺構、遺物の発見されなかったので、この名前は、やがて消えるかもしれません。
とは言っても ちょっと時代はさがった遺構は出てきました どうも寺院の跡である可能性があるそうです。

唐糸やぐらの隣のやぐら

 まずは唐糸やぐらへ、名前の由来は、源頼朝 動向をさぐるために木曽義仲の家来 手塚太郎光盛の娘 唐糸が鎌倉に入ったが捉えられ入れられた土牢がこのやぐらだと言われています。
そしてその唐糸の娘が母を心配し鎌倉まで探しにきた、八幡宮の奉納舞の際、頼朝に気に入れられ、その褒美として母と共に故郷に帰れた話があります。
そして、ガイドさんの話によると、この唐糸の子孫が、漫画家の故手塚治虫だったとか、手塚家にある家系図ではそうなっているそうです。

 この話が本当だったとしも、現在この場所が北条時政邸である事は否定されていますので、ここは唐糸が居た場所ではまずないでしょう。
私は唐糸やぐらより隣の地蔵が彫られた やぐらに目がいってしまい、撮影を忘れてしまいました。残念。

 この先すこしの所に北条時政邸の裏門があったとされる場所なんです 切通になっていて、上に橋が架かっています、これは 現在の前の所有者が作った物らしい。
 現在の洞門になった釈迦堂切通が出来る前に使われていた、切通の跡ではないかとガイドの方は言われてました。

 この先が、ちょうど洞門になった釈迦堂切通の上を歩いていきます、木の間から、下を歩く人が見える。

  

伝北条時政邸裏門

日月やぐら 右側の丸い穴を「日」左側の二重の穴が「月」

「月」といわれている部分を撮影

 釈迦堂切通の西側上にあるのが、釈迦堂トンネル上やぐら群といわれている場所で、この中で一番大きなやぐらが 
日月やぐらです、この やぐら内部の壁に彫られた 丸い穴を「日」と、二重に彫られた穴を「月」と見立てて名づけられた やぐらです。

 

やぐらの位置関係図 斜めの道が釈迦堂切通です

 団体での行動なので、自分のペースで、ゆっくり撮影はできなかったのが残念、そしてこの場所は現在 不動産会社の所有になっているので、また何時 公開があるのかは不明です。
すばらしい場所なので鎌倉市とか県で買い上げて整備ができないかと思いました。
カメラ オリンパスE-3
レンズ オリンパス14-45mm F3.5-5.6

やぐらの位置関係図はソニーのGPS-CS3Kで測定して、
Googleマップで表示したものです。