鎌倉好き集まれ!もちださん掲示板


この掲示板は「鎌倉好き集まれ!」のリポーターもちださんと皆様のコミュニケーションの場です。もちださんのリポートの感想や質問などをどしどし書き込んでください。当掲示板のご利用上の注意(ガイドライン)はこちらをご覧ください。
おなまえ
Eメール
題  名
メッセージ
セキュリティコード
投稿の際は、いたずら書き込み防止のため、赤で囲まれた5文字の文字列(半角英数字)と
同じものを入力してから「送信する」ボタンを押してください。

   x8uua      
クッキー情報を保存

[60] Re:[59] 訂正です。 投稿者:もちだ 投稿日:2019/12/26(Thu) 21:40 [返信]

> 京都が禅居庵、鎌倉が禅居院でした・・・

現在は「院」で区別するんですよね。
65・354号などではたしかに「院」だった・・・(笑)。
でも「鎌倉五山記」などによれば、むかしは両方とも庵だったようです。

摩利支天は五所神社とか長谷新宿の御嶽神社(大太刀稲荷)などにもあります。清拙禅師が渡海のおまもりとしてもたらしたという伝承があるらしい。蘭渓は建長寺にいる唐土の伽藍神、無学は鳩と龍が護ったらしい。よくある伝承ですけど。

いまは寺の公開より庭の墓苑開発にいそがしいらしいけど、ひだり側に散在するお墓のうらから祠のたつ高台にのぼると、建長寺の屋根がみえる。高台の周りにはやぐらや掘割があったと思います。物見台ですね。それで山伏がいて山伏信仰の摩利支天があって、平時は時報代りにほら貝など吹いていたのではないでしょうか。

京都のはたしか「摩利支天堂」とかいって、塔頭というより庶民的な、縁日なんかがあるありふれたお堂になっていたと思います。仏像や頂相はあったっけ・・・だいぶ前にいったからなあ・・・舞妓さん御用達の「赤いーの」とかハッピー六原とか、よけいなものしか覚えてません(笑)。


p.s.
このサイトは修正がむずかしいので、まあまあのケアレスミスは放置していますが、どなたでもお気づきの点は掲示板でご指摘ください。ただしシステム上、編集部のチェック(たぶん荒らし対策です)がはいりますので、その分はご容赦願います。



[59] 訂正です。 投稿者:パディントン 投稿日:2019/12/23(Mon) 19:21 [返信]

京都が禅居庵、鎌倉が禅居院でした・・・


[58] 禅居庵 投稿者:パディントン 投稿日:2019/12/23(Mon) 15:53 [返信]

こちらには、宋風の聖観音像がありました。
清雲寺や北條寺に負けないよいものだったと思います。(ちょっと記憶が怪しい・・・)
摩利支天もありました。
京都は狛いのししのいる禅居「院」ですよね。

良いお年をお迎えください。


[57] Re:[56] [55] ご無沙汰しております 投稿者:パディントン 投稿日:2019/11/08(Fri) 14:27 [返信]

大イチョウは聖絵に夢中で確認を忘れていましたが、倒れたりはしていませんでした(笑)。

教恩寺の阿弥陀は、衣の細工の細かさがよく見え、顔だちも本で見るよりずっとよかったです。
あの本といえば、補陀落寺に伺ったら解説代わりに置いてありました。
材木座来迎寺のは現地で見たときは気付きませんでしたが、脇侍が転びそうなくらい前のめりで笑いました。

風入れも行きたかったのですが、金沢文庫の聖徳太子の誘惑に負けました(笑)。

手術なさったとのこと、養生なさってください。



> 既読が大変おそくなって、すみませんでした。
> スマホ世代にうまれてたら、大量に友達を失ってたかも。
>
> 先月手術して忙しくて、きょうとりあえず「建長まつり」をみてきたところです。
>
> 北鎌の定番寺院はひさしぶり。塔頭や仏像など、見所はあまりふえていませんが、変ったところといえば撮影禁止のタグがめっきり少なくなった(?)印象です。おもしろかったのは、けんちん汁を配るミス鎌倉(笑)。
>
> 教恩寺の阿弥陀は、学研の本に出ていたやつでしょうか。真教といえば相模線の原当麻から無量光寺・上依智・八菅まで歩いたのを思いだします。
> そういえば、藤沢の大イチョウ、どうでした?


[56] Re:[55] ご無沙汰しております 投稿者:もちだ 投稿日:2019/11/02(Sat) 21:15 [返信]

既読が大変おそくなって、すみませんでした。
スマホ世代にうまれてたら、大量に友達を失ってたかも。

先月手術して忙しくて、きょうとりあえず「建長まつり」をみてきたところです。

北鎌の定番寺院はひさしぶり。塔頭や仏像など、見所はあまりふえていませんが、変ったところといえば撮影禁止のタグがめっきり少なくなった(?)印象です。おもしろかったのは、けんちん汁を配るミス鎌倉(笑)。

教恩寺の阿弥陀は、学研の本に出ていたやつでしょうか。真教といえば相模線の原当麻から無量光寺・上依智・八菅まで歩いたのを思いだします。
そういえば、藤沢の大イチョウ、どうでした?


[55] ご無沙汰しております 投稿者:パディントン 投稿日:2019/10/22(Tue) 10:18 [返信]

こんにちは。
先日やっと、一条恵観山荘の建物見学に参加しました。
急きょ設定された時間(15時〜)だったようで、人数は少なかったのですが、かなり薄暗くあまり板絵が見えず残念でした。

また、ここ数カ月で補陀落寺や證菩提寺も拝観できました。

現在やっている「真教と時衆」展はどちらの会場も見ごたえがありますね。
横浜会場には、見たかった教恩寺の阿弥陀三尊をはじめ4組(?といっていいのでしょうか)も!

この秋は忙しいです・・(笑)



[54] Re:[53] 鎌倉仏像めぐり 投稿者:もちだ 投稿日:2018/11/19(Mon) 22:24 [返信]

コメント、ありがとうございます。
特別拝観とかあっても、なかなか都合があわなかったりで、現地におすまいの方がうらやましい。・・・

首都圏にもけっこう古寺古仏がありますが、やはり秘仏とか非公開のものが多い。たしかに鎌倉は知名度があるだけに、観光客の数ははんぱないんだけれど、こまかいところはまだ知られていないのかもしれません。

> 地道に拝観のチャンスを狙って頑張ります。

応援してます(笑)。



[53] 鎌倉仏像めぐり 投稿者:パディントン 投稿日:2018/11/18(Sun) 14:54 [返信]

No.317で良い本を紹介してくださり、ありがとうございました。早速取り寄せて読んでおります。
本覚寺はちゃんと本堂に上がって拝観したのに、この写真を見てこんなだったかなあ・・・という状態です(苦笑)。
まだ拝観のかなわないところがかなりあります。
鎌倉のお寺は自分のところの宝物に対して知識がないのか、愛着がないのか、公開しないのはなぜでしょうか・・?
といって、ちょっと何かに取り上げられたら観光客が殺到して困る・・とは思いますが。
地道に拝観のチャンスを狙って頑張ります。


[52] Re:[51] 鎌倉リポートNo277 祥林院 季揚宗賛について 投稿者:もちだ 投稿日:2018/08/06(Mon) 10:33 [返信]

> 梅花無尽蔵に季揚宗賛について

ちょっと探してみたのですが、だいぶ前のことなので、いろいろメモしていたデータがみつかりませんでした。あしからず。

ただ叔父の心敬が58歳になって里帰りしたさいに、「心敬かの田井の庄といへる所にてむまれ侍りて、三つの年とやらん、都へのぼり」云々と書いており、親戚がまだ故郷にいたとみられることから、季揚の出身も同所(和歌山市)かと思われます。
また巻六-19には「季揚老人」などとあるので、年は万里(当時60)より上でしょうか。おなじ年がらみで「老人」はないでしょうから。・・・


[51] 鎌倉リポートNo277 祥林院 季揚宗賛について 投稿者:樋田 投稿日:2018/08/03(Fri) 13:52 [返信]

梅花無尽蔵に季揚宗賛について、「季揚座元禪師廼南紀人。」との記述があり、南紀の人となっています。
「南紀」は元々は南海道紀伊国の略で、紀州全体のことを指すらしいですが、市木武雄先生著の梅花無尽蔵注釈では、南紀を「紀州の南部」と解説されており、実際に、祥林院がどこにあって、季揚宗賛が紀州のどこの出身か知りたくなりました。また生没年もわかれば知りたいのですが、ご存知でしょうか。
ご多忙のところ恐縮ですが、ご回答のほどよろしくお願いいたします。