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もちださんの鎌倉リポート No.373(2020年4月3日)



No.372
No.374



鎌倉と世界・3−元寇以後



「彼我両軍精霊位牌」円覚寺仏殿右奥
 元寇とよぶ二度の侵略行為はひろくしられているが、平安時代になんども繰り返された「新羅の賊(813・820・869・893・894・997など)」や「刀伊の入寇1019」、室町時代の「応永の外寇1419」など、前後の歴史はほとんど知られていない。元寇をめぐる「元史」「高麗史」などを子細にみれば、高麗王がベトナム方面に関心を移すフビライへ執拗に日本侵略を勧めているぶぶんもあり、元寇は敗北ではなく自国の「手柄(国の光)」であるなどと、いまだなんの反省もなく総括してきたのがわかる。元寇はけして一過性の事件ではなかったのだ。

 「新羅の賊兵、常に間隙を窺ふ866」「蕞爾たる新羅、凶毒狼戻なり870」「新羅人、奸を挟(いだ)くこと年久しく、凶毒未だ悛(や)まず873」(三代実録)。学校では防人(さきもり)のことを教えるけれど、徴用・出征の悲哀だけを一方的に強調。実際に防人・軍団・健児らが新羅の大軍を撃退し、何度も命がけで島民を守った歴史的事実については、反自衛隊を標榜する日教組・教職員らの「斟酌」「雅意」によって勝手に秘匿され、深く歴史の闇に葬られてきた。

 全否定か全肯定か。おろかな二分法をせまるかぎり【他者】を理解することなんか出来ない。「善意」のウソであれ、固執すれば真実のすべてを毀損しつづける。・・・日韓問題もこうした土人の生態を知悉していれば回避できたはずの、明治以来の黒歴史として理解すべきなのだ。



「海東諸国紀」1471の対馬・壱岐と「オーテリウスの地図」(1595、原図はイエズス会士ティセラ作成)の高麗島
 漢・北魏・隋・唐・遼(契丹)・金(女真)・元(蒙古)・明・清(後金)など、あらゆる近隣国に挑み、討伐されてきた未開人の、特異な心理を理解することはむずかしい。自ら他国に援軍を懇願、唐には「糞土をすべて捧げる」とさえ約束し、用がすんだら「民意」を煽って、撤退する恩人をわざわざ追いすがるように襲撃。あるいはもとの宗主国に忠をつくすあまり、強大な新興国(明や清)に意気揚々と宣戦を布告、こっぱみじんの返り討ちにあう。王や「反乱軍」はなんども降伏をよそおいつつ、執拗に「民意」をむしかえし奇襲・背信をはかるなど、姑息な猿知恵に慢心し、やがて血だるまになる・・・。なんど失敗を繰り返しても学ばず、破滅の踊りをやめない。

 「刀伊の入寇」では人肉食すらおこなわれた。新羅の賊は捕らえられると「刀伊」「南蛮」「新羅東方の細羅国人」などと主張した。近代の学者が「刀伊国は満州の奥地に存在した」などといって、「統一コリア」との無関係を必死に抗弁しているが、刀伊などという国は【実在せず】、全く根拠がない。当時、王氏高麗の東北部には女真族がすんでいたため、捕縛された高麗人は「女真族(刀伊)に言われてやった」などという、その場しのぎのうそをついただけなのだろう。

 一方、現・北朝鮮の和順あたりに実在したその女真族は、やがて率先して蒙古に服従し、いの一番に明に寝返り臣従するなどして王氏高麗の崩壊にも深く関与した。「応永の外寇」は、そうして王権を簒奪した李氏親子がおこなった侵略行為で、「対馬は朝鮮領」などという妄言を捏ねくりだして敗退のすえ、抗議におとずれた日本の使僧などからも「馬鹿げた妄想」と面罵された記録が残る。李氏朝鮮は当然の報復におびえて対馬の宗氏を優遇、むしろ貿易がさかんになったらしい。加害者の分際で、日本の医術を伝えてくれなどと図々しい要求もしてきた(世相実録・巻116)。その一方で対馬や壱岐の善意につけこみ、海岸線を執拗にえがいた地図(右図左)を公表し、宗主国・明を煽るなどして筋違いの野心を抱きつづけた。もともと元・明による日本地図に、これほど詳しいものはなかったのだ(前号参照)。



自称被害地には内陸地が多い(NHK取材班「歴史誕生・2」1990角川書店)
 一方、日本ではほとんど朝鮮にかんする知見がなく、地図らしいものもなければ李氏親子についても韃靼人かとうたがわれた。韃靼とはタタールのことだが、ここでは女真族固有の風俗を指していったものと思われる。16-18世紀の宣教師がつたえた地図にもでたらめな地形がえがかれ(上図右)、長らく樺太のような島(INSVLA)という説もあって、「朝鮮半島」の発見はタスマニアなどよりずっと遅かった(岩波文庫「朝鮮・琉球航海記」原著は1816)。半世紀にもわたってキムチやプルコギから説き起こしている現代のマスコミも、けして威張れる状態ではないが、秀吉の出兵に参加した侍の回想記「大河内物語」でさえ全羅道を奥深い忠清道と取り違えるなど、地理情報はまったく把握できていなかった。

 その反面、倭寇といわれる集団は中国大陸から半島西岸を中心に活動、朝鮮全土を内陸の奥の奥まで知り尽くし、ほぼすべての村落を残るくまなく席巻していたとされる(左図)。明や朝鮮側の記録では、じっさい倭人は「十に一二」、つまりほとんどが現地人であり、明には「海賊王」王直ら、大名に相当するような巨大勢力もさかえた。まるでインカがわずか数百人のコルテス軍によって滅亡したように、名もなき倭人におよそ数万の現地人らが心服し、手足のように属き従っていたかのようだ(じっさい「若大将」をいみするモンゴル系の倭寇がいたとか、「済州島民が倭服・倭語をまなんでいた」「沙火洞なる者が五島に亡命してきた」とかいう記録もある)。

 もっとも事件のすべてに「倭人」の配下なり、現地盗賊・密貿易集団などといった類似勢力がかかわっていたかといえば甚だ疑問で、現地の腐敗官吏が年貢の着服や二重取りなどの不逞行為をとくいの虚言癖で倭寇のせいにした「自作自演」の事例も、発覚した二三の例にとどまらず、何百何千とあったにちがいない。明の朱元璋ももとは盗賊だったのだし、李氏朝鮮が女真族でそのうえ「刀伊」の賊酋であったとすれば、国民(韓族)を襲撃することは積年の国策ですらあったろう。のちには「亀船」などという装甲船を私に所持する不審者すらあらわれる。日本にはいくつか高麗鐘があり、1370年、義堂和尚が「万銭」を集めて買った記録もあるから、盗品のいちぶは遠い日本にも売り込まれていたようだ。



国文研「近代書誌・近代画像データベース」より
 近代におきた甲申事件1882などでも、たった数十人の日本商人が「朝鮮全土の米を買い占めた」などとうそをいい、国ぐるみで襲撃。デマを信じた住民は代金を返却するどころか殺人鬼と化し、放火・略奪をほしいままとする「民族浄化」に発展。アメリカの外交官ローウェルは婦女子への凄惨な凌辱殺人を報告。領事館は焼かれ、独立を支援するため朝鮮軍を指導してきた恩人すら、土民によってバラバラに切り苛なまれ、背筋が凍るような姿で発見された。・・・それは遠い国の白色テロ「水晶の夜」どころではなかったのだ。

 しかし明治の日本人は、未開人の特異な精神世界に踏み込んでいたことを、けして認めようとはしなかった。五族協和とか日韓同祖論のたぐいは植民地支配を円滑化するために編み出されたもので、いつかは開化し「日本の支援を感謝する」などと、淡い期待さえ抱いて援助をやめなかった。植民地放棄をとなえた石橋湛山は、「出費だけで得るものがない」として援助政策を一蹴。それでも三一運動については「韓国ではよくある集団的性犯罪」などと矮小化したうえ、情状酌量を訴え、武力鎮圧に反対した。「ご尤も、されど相手はたかがヨボ」という川柳は、未開人への蔑視と【極端なまでの宥恕】とが綯い交ぜとなった、当時の世相をあらわしている。

 【宥恕】とは、未開人に対する優越した地位の誇示にほかならないし、そのような優越は、実際に襲われたり北朝鮮に拉致されたりした者にたいする配慮を欠いている。マスコミや一部の学者は、かつてソウル日本人学校の児童(当時6)が斧男に襲われてもだんまりを通し、現代のハルモニ(老婆)が大八車を引いているからといって「車輪は古代韓国が発明した」などの錯覚(ごますり)をいまも必死に生み出そうとしている。それが土人の精神にどのような悪影響をおよぼしてきたか。勘違い国家は、たわいのない「お世辞」にさえ固執し、「韓国5000年」「強勢大国」などとばかげた世迷言をくちばしり、万物を発明したと思うようになる。



仮想現実を描いた「教科書」・古写真にうつる「原状」
 ある珍味を現地語で「鍋壊し」「酒盗」「まま借り」などと名付け、空手や剣道、とちおとめやシャイン‐マスカット、ドラえもん(食育えもん)、iPS細胞・発光青色ダイオードなどを自国の発明、ノーベル大国などと自慢する。80年代にはマハラジャ、ジュリアナなどのディスコが大ブームだったと力説、ある若者などは「口裂け女」「なんちゃっておじさん」をみたことがある、とさえいっていた。・・・大正時代の日本の下層労働者の写真を「自国の徴用工」などといつわって教科書に載せる行為も、それと同じ。個が発達せず、過去と現在をとりちがえ、自他の区別もままならない未開国においては、剽窃とか模倣とかを問う以前に、こんな錯覚がふつうの状態なのだ。

 「三国史記」「三国遺事」などといった朝鮮半島の歴史書は、表向き中世に編まれたとされるが、「わずかにのこった一、二冊も、ほとんど読めないほど摩滅していた」ため、後世になって「苦心して解読し、再刊した」旨が奥入れにしるされている。自称「古代の天文図」には輪のある土星がえがかれる。加藤清正に席巻された地方には200年後、「宗主国である清のために戦い、勝利した」などとする大忠義の記念碑が建った。つまりかれらには真の意味での歴史は存在していない。未開人にとっての歴史とは、たんなる「とりつくろい」にすぎず、史料批判はもとより反省などしたこともないのだ。

 たとえば後百済の王はナメクジの子で、衣に糸をつけてその父親の正体をあばいた。いわゆる「三輪山神話」のパクリだが、後百済は平安中期に相当するから、前後関係はあきらか。ヤマタノヲロチを退治したり、狐や亀との異類婚の話は近世になっても、半島ではいまだ身近な真実として生まれつづけていた。月日の精が日本にいってしまったとか、古代の王は日本から瓢箪を腰につけて海に浮かんでやってきたとか、気味の悪い「歴史」もそうして生まれた。新羅の妖僧が笛を吹くと忽然と塔があらわれ、塔の各層にはなぜか日本や明・元・金・遼・唐など【未来の征服者】を呪う祭壇がもうけられていたとか、王が龍になって海にしずみ、日本を恨んでドブをつたって登ってくるとか、半島の「歴史」には自他を倒錯し、時と場所が混濁した独自の精神世界が投影されてきた。いまも遺跡の暗渠などを「文武王が海龍になって登ってきた証拠」「その塔は世界一の100mのたかさがあった」などと力説し、信じこませようとする。



「高麗牒状不審条々」。援助依頼に不信感をつらねたもの(NHK取材班「歴史誕生・2」1990)
 未開人の文化や神話、精神疾患者の奇怪な妄想や短絡した言語体系が現代思想の重要な研究領域であるわけは、そこに人間の思考回路の初源的なひな型があるからだ。言語が未発達な幼児は、あたをしたり糞尿をもらすことでしか意思を表現することが出来ない。深夜であろうと欲望をおさえられず、夢をみれば分別なく泣きさわぎ、他者の迷惑を思いやることもない。

 日本への異様な依存と執着が、日韓併合1910とは何のかかわりも無い【太古の昔】から、連綿とつづくものであることは、古文献からもうたがいようがない。国家間の約束をほしいままに破るばかりか、かつて自国政府がネコババした戦後処理の金を繰り返し日本にツケまわそうと、「以前の政権は違法だった」などと、筋違いな主張をなんども臆面もなくふりまわしている。そのように都合しだいで【容易に無効化される国家】というものが、はたして自立した国家といえるのかどうか。かれらは日韓併合によって自己を喪失したわけではなく、そもそも併合に先立つ自己そのものが存在していなかった。明や清の胎内に安住してきた時代には、みずからを「小中華」だなどと、得意げに語っていたほど。それゆえ未開人は独立をよろこぶどころか、いつまでたっても過去の楽園に撞着し、小遣いほしさに大使館前にすわりこみ、わけのわからない激情を吐露するなどして、みずからを遺棄して日本に去った【瞼の母?】を、一方的に追い続けてきたのだ。・・・あろうことか、じぶんじしんが【民族浄化】を実行してきたことも忘れて。

 未開社会を理解することはむずかしい。宝くじが当らないのも日本の陰謀。かれらが中ソを振り向かせるために弾道ミサイルをうちあげたり、アメリカによる原爆投下を賛美するTシャツを着てキッシンジャーに「褒めてもらおう」とするのも、ひとえに「母親」の関心をひき、おしめを替えてもらおうというさもしい依頼心から。ばかは思い通りにならないと衝動的に親を殺したりするが、それでもう小遣いが貰えなくなることにすら気付かない。自他をとりちがえ、あこがれの理想像(ほんもの)を破壊することでしか劣情を満足させられない痴漢と同じだ。「妄想性パーソナリティ障害」、ジャック‐ラカンふうにいえば「自罰パラノイア」という症例にあたるのかもしれない。それは固有の文化というより、生物的な、脳細胞の発育レベルの問題なのだ。無分別な福祉はばかげた期待をいだかせ、相手をスポイルしただけ。むしろ、いつまでも先回りして世話を焼き、慢心したかれらの精神的な自立をさまたげるような「友好」など、あってはならないものなのかもしれない。



韓屋(土幕住居)と民族部落(googlemapより)
 「朝鮮政府は己の利得のみのため・・・国民の半数が死んでいくのを放置する道を選んだ」(C.C.ダレ「朝鮮教会史・序説」1874、平凡社東洋文庫)。日米がこのような国を支援してきたのは、哀憐からではなく、ひとえに地政学上の理由から。援助がどれだけ未開人の精神を増長させ、破壊するかは同じく中国やロシアに支援された北部の現状と較べてみるべきだ。忠義にくるった南北の【教育者】らは、幼い子どもに対してさえマインド‐コントロールの軛(クビキ)をはめ、土民のための貧困支援を政府がネコババする、手癖の悪い物乞い国家の牛ぐるまを牽かせてきた。

 もちろん韓民族にも善良無辜な人物はすくなくないのだろう。だからといって、他国に依存するゆがんだ政治文化や狂った指導者の妄動、そのすべてが善良無辜なのだろうか。「拉致問題はでっちあげ」「いわれなき中傷」だのと、一部マスコミはたくみに論点をすりかえ、異論をもみ消してきた。あまつさえ個人と民族を混同し、「真の被害者は在日」「チマチョゴリが切られた」などと、あたかも「善良な個人が差別されている」かのように歪曲し、善悪を転倒して世界中に触れ回る。かつて韓国統一教会(特務機関)が友達商法などで無知な若者を信頼させ、無料韓国旅行などと称して高額な「霊感壷」を売りつけたり、日本人をサタン血統・性奴隷エバなどとするヘイト(憎悪)洗脳のセミナーに拉致監禁したことを忘れるわけにはいかない。最近は学生への注意喚起すら、おろそかになっているのではないか。

 他人の善意につけこみ、巧みに悪意ある妄想を植えつけ、禍根を後世に残そうと狂奔するひとびとがいる。なんの「いわれ」もなしに、指導者たちが一千年以上にわたって日本に執着し、粘着質にウソの承認を要求したり、犯罪者特有の異様な落伍感に悶えつづけたりするだろうか。平和のため、だなどと心にも無いことを口走りながら、まいど学者やメディアがこんな手合いを相手に一喜一憂し、「草の根交流」「チヂミ、チーズドッグ」などと無駄な期待ばかりをあおりたて、未開社会への奉仕をつづける。つい先日も88歳の女性が民族の男に顔面を激しく殴打され、命を奪われた。それでもメディア各社はこぶしを振り上げ、「真の被害者は在日」「川崎市ヘイト保護条例に訴えるぞ」。どこまで外国に「いい顔」をしたいのだろう。・・・とある人気漫画では「子供の肉を鬼に献上する社会」が描かれる。はたして【野蛮】とは、未開国だけの問題だろうか。子供たちはこんな環境下で学ばされているのだ。


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