トップ鎌倉好き集まれ!もちださんトップ 第383号 


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もちださんの鎌倉リポート No.383(2020年12月7日)



No.382
No.384



辻説法−歌びとをたずねて・10



朝日会館で講演する智学(「朝日かげ」1934より)
 教科書に載るような古今の名作のなかにも、ときどき不気味な文学作品がひそんでいる。「この大空に翼をひろげ 飛んで行きたいよ 悲しみのない自由な空へ 翼はためかせ・・・」。まるで校舎の屋上から、いじめ被害者が身をおどらせるさまを想起させる。

 宮沢賢治の「グスコープドリの伝記」は、村を冷害から救うため、火山を爆発させて人工的に温暖化をひきおこし、自分は死ぬというお話。自然科学的なあやまりはともかく、滅私報公におちいりやすい「利他」あるいは「自己犠牲」という思想、また、全体主義の面影を濃厚に残しながら、かつて犯した戦争教育の責任をいまだ他人事のようにすっとぼける「教壇」からの押し付け・・・「死になさい、みんなのために」。

 童話作家・宮沢賢治(1896-1933)の展覧会をむかし、どこかのデパートでみた事があった。愛聴したというベートーヴェンの田園のレコードは、まだラッパ吹き込みのもので、雨ニモマケズ、の詩は遺品の闘病手帳に書かれていた。詩の行末には「南無妙法蓮華経」の題目本尊が続いており、末法の世にそなえて経筒を埋めようと、図解まで記していたことなども紹介されていた。宮沢が大正時代、田中智学(1861-1939)という宗教家の講演に入れ込んでいたと知ったのは、その時だ。



かつての香風園附近(1978、地理院空中写真)
 その団体は国柱会といい、古くは「立正安国会」などといって、明治を代表する評論家・高山樗牛(1871-1902)も、智学の日蓮思想に多大な影響をうけていた。軍人の石原莞爾(1889‒1949)も会のメンバーとして感化されたひとり。田中智学が建てたいくつかの施設のうち、明治のすえ、鎌倉の亀ヶ谷坂に師子王文庫という別荘兼研修所があったことはよく知られている。隣接して要山温泉とよばれる大衆旅館が建ちはじめたことから、やがてここも売られて「香風園」という、洞窟風呂で知られた料亭旅館となった。ドナルド・キ―ンさんの「日本細見」にもでてくるが、いまは碑がたつのみだ。

 賢治が智学の講演に触れたのは、当時東北からの上京者でにぎわった上野の国柱会舘であり、静岡の本部施設・最勝閣へも、妹の遺骨を持参したりしている。生前の賢治はまだ名もない青年だったから、国柱会への住みこみもかなわず、智学本人に直接紹介されることもなかった。それゆえ、かりに師子王文庫がまだ存在していたとしても、鎌倉に来ることはなかったと思われる。法華信仰じたいには熱心だった賢治だが、鎌倉などにのこる過去の日蓮寺院やさまざまな霊跡に興味をもった形跡は、まったくない。この点は他派との接触を禁ずる独立系カルトに似ているが、はたしてどうだったのか。

 無名だった賢治は、「死後またたく間に、天下の宮沢として」にわかに注目をあつめ、六巻の全集がわずか数年で版をかさねた(関登久也「北国小記」1941)。「自己犠牲の精神」の宣揚は、戦前戦中の思想界と無縁ではなかった。智学は最晩年に「日支事変」、すなわち日中戦争の勃発に遭遇し1938、蒋介石が「抗日」「赤化」を捨てて和平に応じれば東洋平和が達成されるから、大祝賀会をひらいて国賓として歓迎しようだなどと、あらましごとを唱えた。賢治没後2年目の昭和十年には「雨ニモマケズ」の後半を刻んだ詩碑が、友人らの手で故郷花巻にはじめて建立されたが、その文字は詩壇の大物・高村光太郎がしたためた。高村もまた、聖戦を鼓舞する詩を書いたひとりだった。(*ちなみに全文をきざんだ碑は鎌倉・光則寺にもあり、こちらは前述の題目本尊も翻刻されている)



「御料理・温泉旅館 香凮園」(戦前の絵葉書)
 智学の近代的日蓮主義は、案にもれず超国家主義・軍国主義にむすびついていた。智学によれば、日蓮の思想は国家にとどまるものでなく、国境を超えて全世界に広まるべきものだ、たまたま日本でうまれたから日本に凝り固まるのではなく、それは普遍的な絶対正義なのだから全世界に普及しなければならない、と。そして世界に恒久平和をもたらすためには、全ての国が軍備を廃止し、絶対正義である日本軍だけが、各国からの依頼をうけて平和維持活動をするようになるだろう、と(「朝日かげ」1934)。もちろんそのような空想を担保するのは法華経の神通力にすぎない。智学はこれを証明するため、日蓮と神武天皇が似ているといってみたり、法華経と神代巻が似ているなどと、オカルト的解釈をくりかえした。

 そもそも正義とか神話なんてものは人間の思考回路の公約数を示しているにすぎず、構造的にどれも似ていて当然なのだ。なんなら法華思想はキリストの受難にも似ているし、忠誠・玉砕を説く朱子学にも、マルクス‐レーニンの革命思想にも、中国の長征、ナチズムの大衆運動にも似ている。つまり神話を介在とした類推的な近似をもって日蓮主義なり天皇制なりが世界規模の唯一真理に帰結するものであるとか、万国に優越し通用するなんていえないのであり、また逆に、万国のファシズムが一元的に天皇制の責任問題に帰一する、ということもできない。それはむしろ戦時体制として定着した【社会主義的ファシズム】を戦後もうまうまと温存・育成するための狡猾な手段、「じぶんたちは(天皇制とは)無関係」などという虫のいい、破廉恥な方便でしかない。

 智学ら日蓮主義者の思想が、全体主義を形成するジグソーパズルの、ひとつのピースであったことは、まちがいない。しかし「どんな絵になるか」は、ある程度組みあがるまでわからないし、怖い絵が完成にむけて加速するのはその後のことだ。同じく日蓮主義者で226事件にも関わった北一輝は、こんにちでは「右翼」視されることが多いが、当時は河上肇や賀川豊彦に激賞され、改造社から著書が出版された筋金入りの【社会主義者】だった。賀川豊彦についていえば、キリスト教の立場から「聖戦」を訴えた宗教者でもあり、なぜかこの人は戦後にノーベル候補にもなっている。個々の正義など、見方によっては黒にも白にも、右にも左にもなるものらしい。責任を問われ、スケープゴート(いけにえの羊)に択ばれるのは、ごく一部なのだ。



「古我邸」はかつて近衛の別邸にもなった
 昭和初期といえば普通選挙法が施行され、大正デモクラシーが爛熟期をむかえた。皮肉なことに、ロシア革命にあこがれ、社会主義の実現を急ぐマスコミ文化人にとって、遅々とした議会制民主主義は満足できるものではなく、「政党政治は腐敗している」といった否定論が抬頭。昭和維新が叫ばれ、発言の「揚げ足取り」から人格批判、スキャンダルの暴露など、選挙結果を完全否定する言論ばかりが蔓延した。「大衆は愚か。われらマスコミに従ってさえいれば間違いない」。

 その結果、無責任なデマゴーグが蔓延し、われこそはカリスマ、われこそはヒーロー、などとなのる手合いが数多くあらわれる。既存の「腐敗政治家」を暗殺したところで、代りがなければなにも解決しないことがわかると、新宮家より近い後陽成天皇の血を引くという進歩的文化人・近衛文麿(公爵・英表記prince)を御輿にのせる。反米をかかげるこの夢想家による革新体制を実現することで、「腐敗しきった議会を完全否定し、われら知的階級が抱くすべての夢をかなえてくれる」、・・・何の根拠もないそんな期待から言論統制が強化され、「大政翼賛会」が形成されていった。近衛内閣の与党は社会大衆党(当時の統一社会党)であり、情報相(国務大臣兼内閣情報局総裁)は近衛の盟友で朝日新聞社の副社長兼主筆・緒方竹虎。社会主義者や新聞協会が近衛の失政を徹底してかばい、勃発した日中戦争、きたるべき対米開戦を「聖戦」として、意地になって美化したのはいうまでもない。

 貧乏人を救う、という革命物語がいつしか大手メディアや進歩的文化人を肥やす目的に転化する。「鬼畜米英を撃滅せよ! 」「興亜実現のために死のう」。和辻哲郎も野口米次郎も賀川豊彦も歌った。饒舌に語るこのような確信犯的「文化人」が、戦時中にかぎって突然「軍部にだまされていた」「右翼に転向をせまられた」などとは到底かんがえにくい。戦後も反米を唱え、アジアのために死のうと説く者は多かった。貧乏人はただメディアの主張を鵜呑みにして心酔し、購読料を支払ってますます洗脳をうけ、歪んだ正義・不合理な政策の尖兵を任じ、利用されていることにも気付かずみずから戦死の道を歩み、「逆らう者は悪」「従わない者はずるい」などと、他人にも強要する。



「辻説法」の地は智学が立正安国会の名義で制定・整備した1901
 智学らが整備した日蓮大士辻説法霊跡の、まんなかにたつ腰掛石(写真左下)のうしろの題目碑には、「我深敬汝等、不敢軽慢」という「法華経(常不軽菩薩品)」の文言が側面にきざまれる。その意味は「・・・どれだけ激しく対立していても、私はきみたちをけっして軽蔑したりはしない。むしろ深く敬意を払おうとさえ思う。なぜなら菩薩の道をおこなえば、きみたちもみな仏になりうる。そう確信しているからだ」。

 賢治にせよ、智学にせよ、日蓮にせよ、ひとりひとりが恐怖政治の首魁であったわけではない。集団いじめとおなじように、正義はやがて社会化することで相互監視に発展し、異論そのものを排除する監獄社会が成立する。「異論・反論、オブジェクショ〜ン!!」なんて謡いながら、メディアがとなえるのは広告主の論理、すなわち「自作の」正義だけだ。

 「日本人は雇わない、中国の安い労働力」「貧乏人は中国の安いネギ、金持ちは安全な国産のネギ」なんて主張する恐怖新聞をよみながら、購読者は自分があたかも巨大企業のCEOと利益を一にする上級国民であるかのように錯覚し、「他者」を切り捨てる快感にひたってゆく。敗北がわかっている戦争に賛成したのも、抑留者を中ソに売り渡して自分だけいい思いをした一部人間の「成功体験」と不可分であるのかもしれない。だからいまだに中韓への一方的な御用聞きをやめず、うその報道で民族主義を勇気付け、「日本は軍国主義だあ」と叫ぶなどして戦争を煽り、えもいわれぬ快感にふける手合いがあとを絶たないのだろう。かれらはべつだん中韓に影響力があるというわけでもなく、感謝されているわけでもない。ただただ「特別な自分」を演出し、ひとり合点の自慰にひたっているだけだ。


 文化都市・鎌倉。その証明(evidence)を多方面から追求してゆくなら、文化なり歴史なんてものは全国どこの街にもあり、なにが突出しているのか、なにが特別なのか、逆になにが「ありふれたもの」なのか、明白にするひつようがある。わたしたち素人にとって、昔、偉そうなひとがいて、なんだかわからない碑が建っている、ただそれだけなら、なにをもって文化なんていうのだろう。とりわけ哲学宗教なり、政治思想の詳細なんか、一般市民の理解のほかにある。

 市役所には平山郁夫氏筆の「平和都市宣言」なる碑がたつけれど、なぜ鎌倉市民だけが日本国憲法を貫く平和精神をもち、なぜ軍国主義に狂う他国の指導者がそれに感服し、全世界に恒久平和をもたらすことになるのか。ウォーナーの碑をみれば、じぶんたちだけが平和なら他の都市は燃やされても恩人なのか、古都の文化財は外部の人命にまさるのか。これもまたみずからの正義に酔い、みずからのことのみに専念する楽観的エゴイズム、極右思想といえないか。「じぶんは平和主義者だから安全」「中韓を愛好しているから安全」などとして反日を唱え、盛んに戦争を煽っている生得のばかもいる。自明の正義なんてものはない。「そんなことをいえば誰も正義を主張できなくなってしまう」のかもしれない。かりにそうだとしても、じぶんたちへの批判に耳をふさぐ理由にはならない。

 LGBTや朝鮮琉球愛護ブーム、自然保護とか反核教育とか、ひとつひとつはまっとうな運動なのかもしれない。しかし欧米のイルカ保護団体が火炎瓶をなげたり、菜食主義者が原爆投下を肯定しているのはなぜなのだろう。教員は不祥事をくりかえし、ナチスは動物愛護とか健康増進キャンペーンをおこなって共感をあつめた。問題はそれらの【正義】がただ自己目的のためだけに利用され、じぶん以外への排他的・組織的暴力を帯びるときだ。身勝手な無謬神話をこしらえ、周囲のめいわくをかえりみるどころか、集団がすべて正しく、友のないものは皆のたれ死ね。たんなる集団暴力をうぬが正義の証明だなどと錯覚し、バッシングを弾圧とおきかえ、自己聖化の言論で塗り固めてしまう。それはカルト宗教とおなじだ。



師子王文庫の広告。右の養生院はいまの清川病院(「鎌倉大観」1902)
 サルトルは社会参加(engagement)を唱えたけれど、社会にむけた個人の顔はいずれも正義、つまり仮想のアバターでしかない。子供がじぶんを竈門炭治郎とかプリキュアと信じ込むのとおなじことで、仮面と自分は同じではない。認めてもらえないのではなく、もともとヒーローなんかではないからだ。

 東大卒の官僚がしこたま他人の年金をぬすんだり、「無限くら寿司」問題のような低劣な制度設計(プログラミング)しかできなかったりしても、官公労は野党の支持母体だからという理由で追及しない。それどころか学歴崇拝のテレビ番組までつくって、「難読漢字がよめる」「受験戦争に勝ち抜いた」などと、ひたすら不正に感謝している。こどものころの何の役にも立たないガリ勉生活を特権視。カネや権力を独占するエリート社会に認めてもらおうという忠犬的な欲望と、政治・報道がめざすべき社会的使命感とを、完全にとりちがえている。読者・視聴者を「教育」する以前に、自分がいったい何者かすら、わかっていないのだ。

 一部新聞と野党は立法・行政にひたすら反対し、なんの定見もなく選挙結果の否定ばかりに組織の命運を賭け、国民の時間と税金をどれだけムダにできるか、ゲーム感覚でスリルを楽しんできた。あるいは児童虐待のハレンチ教員を護憲のヒーローであるかのようにいい、被害女性がTIME誌の「世界で最も影響力のある100人」に選出されたにもかかわらず身内記者の性暴力にしらを切り続け、職業選択の自由、などという低次の概念を被害者の人権にまさる憲法の精神だといいはり、世界に恥をさらしつづけてきた。知的階級がこのようなチキンゲームをつづけている姿は、この国の民主主義が依然として低レベルで、その責任はほぼマスメディアにあるという印象を否めなくしている。それは国家の未来をミスリードしたあのころと、いまもほとんど何も変わっていないようにみえる。


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