「いのち短し 恋せよ乙女」・・・黒沢明監督の「生きる」に挿入されたゴンドラの唄。いまなお数々の人気アニメに引用されている。もともとは大正時代に上演されたツルゲーネフ原作「その前夜」の劇中歌としてつくられた。新劇の大スター・松井須磨子が演じる貴族の娘が、幸福な生活を約束する求婚者をふりすて、しがない異国の政治活動家とむすばれる。やがて死に瀕した夫とヴェニスに辿りついた場面で、ミュージカルふうにうたったものと思われる。
小説ではヒロインが亡き夫の遺志をつぎ、異国の革命に身を投じようと決意をするところで大団円となるのだが、芝居では悲恋ばかりを強調した、ぬるい翻案(楠山正雄脚本)になっていたようだ。ただ挿入歌は、トルストイ「復活」の芝居における「カチューシャの歌」の大ヒットにつづいて、歌詞や楽譜が劇場の壁に貼りだされ、またラッパ吹き込みの初期SPレコードでも発売された1915。
やがて時代は昭和へむかい、最新の蓄音機やラジオが店先におかれ、家になくともしぜんと洋風音楽が街頭に溢れるようになる。ゴンドラの唄は何度もカヴァーされ、本場ミラノ‐スカラ座で収録したものまであったらしい。作詞の吉井勇(1886-1960)は鎌倉そだちの歌人・劇作家で、歌集には友人であり当時大人気の挿絵画家・竹久夢二のイラストなんかがあしらわれ、大正時代の「モボ・モガ」があこがれた【自由恋愛】のイメージに彩られていた。
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