鎌倉好き集まれ!deskさんの鎌倉リポート・第244号(2017年11月10日)
初秋の鎌倉
光触寺・明王院
安国論寺や長勝寺のイチョウが色づいたとの情報がホームページに載ったので、今年は色づきが早いと思って鎌倉へ行った。
取りあえず金沢街道にそって歩くことにした。
ところが十二社で降りて光触寺・明王院と歩いたけど秋の景色にはなってきていたが残念ながらイチョウは色づいていなかった。
取りあえず金沢街道にそって歩くことにした。
ところが十二社で降りて光触寺・明王院と歩いたけど秋の景色にはなってきていたが残念ながらイチョウは色づいていなかった。
稲荷小路
明王院から浄妙寺へ。
金沢街道の泉水橋を渡ったところに足利公方邸跡の碑がある。
そこを右に入ると稲荷小路の道が続く。
昔の面影はほとんどないが、途中に庚申塚があって昔をしのばせる。
金沢街道の泉水橋を渡ったところに足利公方邸跡の碑がある。
そこを右に入ると稲荷小路の道が続く。
昔の面影はほとんどないが、途中に庚申塚があって昔をしのばせる。
浄妙寺
浄妙寺のイチョウも葉が散っているがほとんど色づいていない。
もみじは一部紅葉していた。
もみじは一部紅葉していた。
鎌倉幕府御門跡
浄妙寺から二階堂の荏柄天神へ。
荏柄天神のもみじもほとんど色づいていなかった。
荏柄天神の近くに大蔵幕府の東御門の碑が立っていた。
その前の道を西に向かって歩くと800㍍ぐらい歩いたところに
西御門の碑が立っていた。この間が大蔵幕府ということになると
その広さが想像される。
その間の山側に頼朝の墓がある。
今日は頼朝の墓の近くにある頼朝の側近の大江広元の墓を訪ねた。
石段の上にあって登りも下りもアップアップ。
荏柄天神のもみじもほとんど色づいていなかった。
荏柄天神の近くに大蔵幕府の東御門の碑が立っていた。
その前の道を西に向かって歩くと800㍍ぐらい歩いたところに
西御門の碑が立っていた。この間が大蔵幕府ということになると
その広さが想像される。
その間の山側に頼朝の墓がある。
今日は頼朝の墓の近くにある頼朝の側近の大江広元の墓を訪ねた。
石段の上にあって登りも下りもアップアップ。
来迎寺
最後に西御門の碑から奥に歩いて来迎寺へ行った。
来迎寺の門前に旧大平寺の碑が立ったいた。
大平寺は鎌倉の尼寺の筆頭だったが、住持の尼僧が里見氏に
奪われて廃寺になったという。
その後八幡宮を通ってそば屋“繁茂”に行き焼酎の蕎麦湯割りを楽しんだ。
来迎寺の門前に旧大平寺の碑が立ったいた。
大平寺は鎌倉の尼寺の筆頭だったが、住持の尼僧が里見氏に
奪われて廃寺になったという。
その後八幡宮を通ってそば屋“繁茂”に行き焼酎の蕎麦湯割りを楽しんだ。