トップ鎌倉好き集まれ!KIさんトップ 第140号 


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KIさんの鎌倉リポート No.140(2009年1月10日)


No.139
No.141



【139号ウラ話】ぶらり大町1丁目,鬱屈の歴史紀行



【新年迎えた八雲神社の鳥居】

KIです。

1月10日,奥さんが十日戎の本覚寺にいる間(前号レポートNo.139参照),自分は大町1丁目界隈を散策していました。
 
まずは,八雲神社から。いつもは静かなこの界隈も正月3ヶ日明けの連休とあって,人の往来が目立ちました。



【正月飾りもビッシリ。1月15日に焼納されます。】

西暦1083年,この八雲神社が創建されました。軍事貴族が台頭しつつあった平安時代後期でした。
 創建したのは源義光(1045−1127年)。後三年の役で苦戦を強いられていた兄,源義家への援軍に赴く途上,鎌倉に立ち寄った際に創建したといわれています。疫病の流行に苦しむ鎌倉の民のために京都祇園社を勧請して,見事,悪疫退散を果たし,住民を救ったそうです。



【八雲神社の由来は,鎌倉の地が頼朝以前に軍事貴族,源氏の東方基地だったことを裏付けます】
木漏れ日に境内の赤い番傘が映えていました。
 もともとは「祇園天王社」と呼ばれていましたが,明治時代に「八雲神社」と改称されました。

いつもは静寂閑散な本殿,扉の中からお祓いの祝詞の声が漏れ聞こえてきました。

拍手を打ち,今のご時世,気にかかることはやはりこれ。

鎌倉最古の厄病退散のこの神様,どうか新型インフルエンザ(H5N1)の大流行の際にも,900年前に鎌倉の民を救った神力を発揮してください。お願いします。

新型インフルエンザのことを書いた絵馬があったなら,それはおそらく自分が書いたものです。すぐ傍らには,源義光の手玉石(新羅三郎手玉石)が二つ,大木の根元に並んでいました。








【常栄寺境内にて】

八雲神社を後にして,次に向かったのは常栄寺。

通称「ぼたもち寺」。その創建年代は意外と新しく,1606年。日詔上人という人が建てた日蓮宗の寺院です。
 寺院自体は江戸初期の創建なのですが,その故事は鎌倉時代,日蓮上人の頃にさかのぼります。1271年,日蓮上人は幕府批判の罪状で時の執権,北条時宗の命で捕らえられ,龍之口(現,龍口寺付近)で処刑されることになりました。刑場に送検される途中,上人の身を案じた尼僧,妙常日栄が仏のご加護を祈願して,ぼたもちを差し出した結果,斬首寸前に光球が降り(落雷?),日蓮上人は処刑をまぬかれました。
 その伝説にちなんで建てられた寺院というわけです。毎年9月の法難会では,「首つなぎ餅」が参拝者に振舞われます。今のせち辛い御時世,リストラ対策にご利益がありそうだなと思うのは自分だけでしょうか・・・



他人を不幸にして勝ってもそれは本当の勝利ではないかもしれない



【妙本寺総門付近,仏塔のような比企幼稚園】

そして,次に向かったのは妙本寺。住宅地に突然姿を現す立派な総門が印象的な大きな寺院です。
ここもまた歴史的に因縁のある寺院。鎌倉幕府が発足して間もない頃,北条氏にほとんど根絶やしにされて滅亡した比企一族の菩提を弔う寺院です。
 陰鬱とした歴史的因縁。気分は上の写真のような灰色の空のよう・・・

1203年,執権となった北条時政は他氏排斥の手始めに比企能員の一族に謀略を仕掛けました。2代将軍,源頼家治下の鎌倉幕府,北条一族と並ぶ権勢であった比企一族は目の上のこぶでした。まずは比企能員を北条邸に招いてだまし討ち。間髪いれずに,北条義時の軍勢が比企一族を襲撃。比企一族は兵を集めることもできずわずか1日で滅亡しました。
 妙本寺は1234年,唯一生き残った比企能本(比企能員の末子)によって創建されました。

先手必勝,やった者勝ち。

なるほど,古今東西,要領よく効率よく勝ち組の座にすわるためのまさに基本中の基本事項ですもんね(嘲)。幕府初期の勝ち組,北条時政・政子・義時三親子をスゴイと思う反面,いけ好かない,カチんと来る「カチ組」どもだとも思ってしまうのは自分だけでしょうか。
 この御三方には真心こめた拍手喝采は御免だけれど,尻鼓みと口先だけの喝采ならばいくらでも差し上げましょう。

そして130年後,謀略三昧の報いを受けるようにして,北条最後の当主,北条高時とその一族は,新田義貞の討幕軍に葛西ヶ谷へと追い詰められ,東勝寺の業火の中でことごとく自刃して果てたのでした。

そして,本覚寺でエビス顔



【威勢のいい掛け声が響きます】


【縁起物とともに】

冬なお鬱蒼とした妙本寺を後にし,滑川に架かる夷堂橋を渡ってやってきました,本覚寺。十日戎の餅つきを観ていた奥さんと合流。

商売繁盛,家内安全 お祈り申し上げま〜す!

立派な山門をくぐると,そこはまた別世界。
食べる人,撮る人,出店ショップに余念がない人,参拝に並ぶ人・・・縁起物の笹に,出店に大変賑わう本覚寺に集う人はみんなエビス顔。




【縁起物たわわに実る笹枝】


【みんなを幸せにする者が本当の勝ち組なんだよ^^】


「はいこれ。福娘さんが撞いたお餅,もう一回並んだら,もらえたから^^」

空きっ腹にはありがたいお餅二つ。すみません,ありがとう。
 この古都鎌倉には,日本史の教科書にも出てくるご立派な勝ち組さん達がたくさんいるけれど,本当の勝ち組は,今なお鎌倉内外の人に福をもたらしてくれるエビス様だったりして!

十日戎で賑わう本覚寺境内でそんなふうに感じた1月10日の昼過ぎでした。
 その後,自分たちは鎌倉から朝比奈峠を越えて横浜市金沢区へ。そこで本覚寺の夷堂と大変ゆかりの深い神社を参拝しました(つづく)。








※このレポートは,関連寺社さんに写真使用の了解を得ています。また今号は一部,ものの喩えとはいえ,歴史上の人物に否定的な記述がありますことお許しください。

・写真&文章; KI
・記事セットアップ(2009.1.21);KI


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