トップ鎌倉好き集まれ!KIさんトップ 第129号 


▲KIさんトップへ戻る

KIさんの鎌倉リポート No.129(2008年12月19日)


No.128
No.130



【読み物】 晩秋,歴史と紅葉の長谷寺紀行

紅葉始まる,鎌倉長谷寺 (2008/11/23 )



▲青空に黄色い番傘がよく映えます。

KIです。
11月下旬と12月上旬に長谷寺に行ってきましたので,紀行文風にまとめてみました。

まずは11月23日,午前中に長谷寺に参詣しました。3連休とあって境内は大変な賑わい振りでしたが,それ以上に突き抜けるような青空が境内をいっそう明るく引き立てていました。
 そして,ちょうど長谷寺境内の紅葉が始まった頃合でした。



▲これもまた秋の寺院ならではの風物詩ですよね^^


▲橙色に透ける紅葉をバックに座禅するブッダ像

境内を歩いて周り,当日(2008/11/23),紅葉の進み具合が比較的良かった本堂脇にある,ガンダーラ風のお釈迦(ブッダ)様のところへ。海光庵で軽食をとった後,ご本尊の十一面観世音菩薩(以下,十一面観音)様がおわす本堂へと入ります(堂内は撮影禁止)。

「ここ鎌倉の長谷寺は,伝説では奈良時代に創建されたとされています。聖武天皇の御世,大和の長谷(はつせ,初瀬)の十一面観音様を安置したのが始まりだと言い伝えられています。」

721年に徳道上人が楠木の大木から2体の十一面観音様を造り出し,1体(本)を大和の長谷寺に本尊として安置し(727年),残る1体(末)を海に流したところ,三浦半島西岸(現,横須賀市長井)に漂着,それを由比ガ浜付近に安置したのが鎌倉の長谷寺だそうです。また,開山したのは大和の長谷寺と同じ徳道上人。
 ただ,長谷寺には当時の文献記録はなく考古学的な遺品も鎌倉時代より前のものが全く確認できていないそうで,この創建エピソードは現在のところ伝説の域を出ないそうです。

秋晴れに白雲浮かぶ長谷寺上空 (2008/11/23 )

本堂で,職員さんにお礼した後,由比ガ浜が一望できる展望エリアに出ました。紅葉はまだ色づき始めの趣きでしたが,この日は青空と雲が大変素晴らしかったです!真っ青な空にゆったり浮かぶ白いオブジェのような雲もまた,晩秋ならでは風物詩。

当日,撮った長谷寺上空の写真を以下に3枚ほどご覧ください。





▲由比ガ浜上空に横たわる雲に向かって写メール


▲みんなの上空をフワリ,フワリ・・・



▲山門の上にもこんな雲。まさに当日の主役でした。

海光庵で軽食したり,境内をゆっくり散策して2時間ほど。

時刻は13時をまわりました。この日は16時の新幹線で小田原から関西へと帰省の予定でした。

紅初めの境内と秋晴れのショーを堪能し,まだまだ賑わう鎌倉を後にしました。

紅深まる,大和の長谷寺 (2008/11/24 )



▲大和の長谷寺にて。十一面観音様がある本堂の通路から眺める紅葉
帰省中に,今度は大和の長谷寺を訪れました。全国に点在する長谷寺(長谷観音)の総本山です。
 京都駅から近鉄(近畿日本鉄道)の奈良線・桜井線・大阪線を乗り継いで長谷寺駅へ。さらに1キロほどの古い街並みを歩いて寺の総門前に着いたのは正午過ぎでした。
 この大和の長谷寺(奈良県桜井市)は,鎌倉の長谷寺と同じく山の斜面に沿って境内が広がっていますが,なにせ広いです。境内の面積は鎌倉の長谷寺のざっと数倍。名物の長い階廊をのぼって本堂へと向かいます。こちらの紅葉はちょうどピーク。前日の鎌倉長谷寺よりもだいぶ進んでいました。本堂の舞台から見渡すと山すそ一帯に寺院の建物がたくさん。紅葉のパノラマとスケールが実感できます。

「東京から来はったんやて? これは遠いとこ,よう参拝してくれはりました。」

「はい,昨日は自分たちは鎌倉の長谷寺を見学してきたんですよ。」

特別公開中だった宝物蔵で,職員さんに長谷観音の由来についてお話をうかがうことができました。
 686年,天武天皇のためにこの地に仏塔が建てられたのが,大和長谷寺の前身。そして,徳道上人によって,先述の十一面観音様が安置され,長谷寺が発足したとのこと(727年)。
 鎌倉長谷寺のご本尊となるもう一体の観音様は行基上人の立会い・祈祷の下,海へとお流ししたと言い伝えられています。

「この先の本堂の観音さんのお顔,ようおがんでみはったらよろしい。鎌倉の観音さんとホンマおんなじお顔したはりますよってに。」
 
境内の最も高台に当たる本堂の十一面観音様。御前では高僧が法要のお経をあげているところでした。暗闇の中,観音様を見上げます。ぱっと見では確かに鎌倉の観音様とウリふたつ。

「仏様の双子さんだね。」

なるほど,うまい表現をする奥さんです。ひとつ付け加えれば,楠木の根元側(本)から彫られた大和の長谷観音様が双子の兄で,気の先端側(末)からのが弟といったところでしょうか。
 そして,境内全体を見渡せる本堂の舞台からのパノラマを堪能し,国宝の五重塔など境内をゆっくり一周すると,軽く2時間以上が過ぎていました。足早に回っても1時間かかるといいます。ちなみに鎌倉の長谷寺は,食事や写真などで立ち止まらなければ約20分程度でひととおり見て回れます。
 
境内が山の斜面に沿って広がっているのは両者共通だけど,スケールは大和の長谷寺が圧倒的。
 
総本山だけのことはありました。

紅葉真っ盛り,鎌倉の長谷寺へ再び (2008/12/7 )




そして,12月7日,鎌倉。再び長谷寺を訪れました。前のときに比べると紅葉もだいぶ進んで見ごろを迎えていました。放生池の周辺はくれない一色に飾られていました。そして,先日,お話を伺った職員さんと再会。

「おお,奈良の長谷寺に行ってこられましたか。いかかでしたか。」

「その広さに圧倒されたですね。それに結構,いろいろ勉強になりました。」

職員さんの案内で前回見れなかった宝物館へ。国重要文化財の梵鐘や懸仏など,長谷寺に伝わる什宝が一堂に集められています。梵鐘の銘文に書かれた年号は文永元年(西暦1264年)。懸仏とともに鎌倉時代の作だと確認されています。

「これらは,ここ長谷寺に残る最古の文化財なんですよ。」

伝説上は奈良時代創建の鎌倉長谷寺ですが,それを裏付ける史料がまったく存在しないことは冒頭で述べたとおりです。そのため,鎌倉時代に発足したというのが実際のところではないかと考えられています。平安時代以降,大和の長谷観音信仰が全国的に流行し,各地に「長谷寺」が建立されていきました。鎌倉の長谷寺もそうした流行の中,鎌倉幕府のバックアップも受けながら建立されたのではないかと職員さんはおっしゃっていました。

「鎌倉時代当時,ここは‘新長谷寺’と呼ばれていたのですよ。」

梵鐘の銘文に刻まれた「新長谷寺」の四文字。大和の総本山に対して,新しい長谷寺であるという意味合いであることは言うまでもありません。

東西の長谷寺にて紅葉狩りを楽しみ,長谷観音の歴史についてもいろいろと学んだ,晩秋の休日だけの飛び石旅行も大詰めでした。

長谷寺ライトアップ (2008/12/7 )




そして日没後,再び長谷寺へ。境内の紅葉ライトアップです。
 昼間も真っ赤な紅葉は見ごたえがありましたが,暗闇に浮かび上がる紅葉もまた味わいがありました。ライトアップとともに,十一面観音様も特別拝観中。日曜日の夜にもかかわらず,ライトアップ最終日とあって,たくさんの人々が照らし出される境内と紅葉のコラボに酔いしれていました。

「長谷寺めぐり,よかったね。全然,知らんかった長谷観音様のこととか,いっぱい学んで来れたしね。」

目に見えないお土産といいますか,ひとつ旅行をすれば,必ずといっていいほどその土地ならではの何かを学びつかんでくることができるのだと思います。

旅は楽しい勉強,旅は人生の大事な一部

鎌倉から大和へ,そして大和から鎌倉へ,そんなことを実感した,長谷寺紀行でした。12月7日,18時半。ライトアップが次第に消灯されていきました。そして,自分たちも由比ガ浜大通りを帰途に。

旅の最後を締めくくるのに相応しいひとときでした。





(旅程)
・鎌倉長谷寺:2008年11月23日,12月7日
・大和長谷寺:2008年11月24日

(作成)
・文章:KI
・写真:あん小&KI
・2008年12月19日セットアップ:KI


No.128
No.130