鎌倉好き集まれ!KIさんの鎌倉リポート・第82号(2008年3月27日)

宇佐神宮遥拝式

3月18日の朝,鶴岡八幡宮

3月18日,本殿前の河津桜はまだ見頃でした

3月18日の鶴岡八幡宮。
 この日は朝早くから神職や巫女の人達が慌しげに準備に追われていました。

また何か行事でもあるのでしょうか・・・?

そう,この日は宇佐神宮遥拝式

八幡宮の総本宮である大分県の宇佐神宮(宇佐八幡)を礼拝する儀式がもうすぐ始まるのです。

乙女椿と舞殿

ちょうど階段を降りて来た巫女さんに教えてもらいました。宮司さんをはじめ神職中が舞殿から宇佐八幡を遥拝するのだそうです。
 先月にあった祈年祭や月次祭などのような神楽などは無く,本当に拝むだけの簡素な儀式とのこと。

今日が宇佐神宮の例大祭の日なのですよね。鶴岡八幡宮では毎年この日に宇佐の神様を礼拝申し上げているんです。

「宇佐祭」の通称で呼ばれる宇佐神宮の例大祭には皇室の勅使も参加する宇佐神宮最大の祭りであり,全国の八幡宮あるいは八幡神社にとってもやはり重要な祭典なのでしょうと巫女さんは言っていました。
 式次第は簡素だけれど,この遥拝式は鶴岡八幡宮の重要な行事のひとつだといえるようですね。

そして遥拝の儀式

(*写真は全て鶴岡八幡宮さんの了解を得て掲載しています。)

午前10時,遥拝式に出る神職さん達が社務所の庭に揃います。

整列して,宮司さんのお出ましをじっと待ちます。

先月,祈年祭で整列したところと同じ場所,色鮮やかだった装束とは対照に,今回はみんな白装束で儀式に臨みます。



              

昇殿の前のお清めの儀式

昇殿

お清めを済ますといよいよ舞殿へと昇ります。正面には大きな御幣が立てられていました。

ところで,鶴岡八幡宮が京都の石清水八幡を分霊勧請して創建されたことは,過去のレポートで何度か述べたとおりです(レポートNo.32「鶴岡八幡宮のルーツを旅して」など)。
 親元である石清水八幡宮は859年に宇佐八幡を分霊勧請したのが始まり。宇佐神宮は,鶴岡八幡宮にとっては親元のそのまた親元,いわば大親元ということになるわけです。

全員が舞殿の中に着座すると,宮司さんがおもむろに御幣の前に進み出ます。

そして,本殿に向けて祝詞を始めます。

八幡大神がおわす本殿に向かって祝詞

あれ?

この光景にそう思ったのは自分だけでしょうか。
 宇佐神宮がある大分は鎌倉からは西の方向にあたります。しかし,宮司さんは北の方向を向いて本殿に祝詞をあげているのです。
 宇佐神宮を礼拝するのならば西を向いて祝詞をあげるはずなのになぜ?と疑問に感じたところに,またまた先ほどの巫女さんがすぐ後ろをスタスタと。

 それは,本殿の八幡大神様を通じて宇佐の八幡大神様を礼拝申し上げているのです。

・・・なるほど疑問解決。臆せず聞いてみるものですね^^
御分霊とはいえ鎌倉の八幡様も宇佐の八幡様も同じ神様なので,鶴岡八幡を礼拝することは宇佐八幡を礼拝することと同じと言えなくもないわけですね。

舞殿に座る神職中

遥拝を終えて社務所へと戻ります

宮司さんの祝詞に続いて,その他の神職さんも本殿に向かって礼拝します。

パチ! パチ!

といっても自分がカメラを切る音ではなく(笑),最後に一同,大きく拍手(かしわで)を打って「宇佐神宮遥拝式」は終わりました。

式が終わって

式が終わった後の社務所。庭先にこぼれんばかりのアシビの花が陽光に映えていました。

わずか5分ほどの儀式でしたが,鶴岡八幡宮の由来を考えれば,絶対なくてはならない儀式なのだと思います。

宇佐神宮はちょうど大祭の賑わい真っ只中なのでしょう。

その大祭に合わせて,ささやかでも遥拝の儀式を催すということは,たとえ遠く離れていても宇佐の例大祭を祝い参画するのだという強い意識の現われのようにも思えました。

この宇佐神宮遥拝式,親元を離れて暮らす人が実家の親兄弟の誕生祝いにプレゼントを贈るのとちょうど同じだなと思うのは自分だけでしょうか。

鶴岡八幡宮の生い立ちを実感したような,早春のひとときでした。

                    2008年3月27日執筆 K.I. 

(追伸)
来月には,その鶴岡八幡宮の本家本元をいよいよ訪れることを心待ちにしつつペンをおきたいと思います。