鎌倉好き集まれ!JUNEさんの鎌倉リポート・第44号(2005年3月31日)

The turning point

沈丁花(和名)

  
 沈香のような甘い香り。
 丁子を思わせる花の形。
 比喩が比喩を呼びその名がついた沈丁花。
 
 その芳香は、
 何処から突如としてふわりと届き、
 すぅーっとかすめるように遠ざかる。
 
 人生の転機における
 「別れ」や「旅立ち」をも匂わせる瑞兆の花。
 
 
 『松葉ヶ谷の法難』で知られる妙法寺。
 
 寺縁起によると、
 文応元年(1260)、日蓮小庵焼き討ちの後、
 仏門に入った護良親王の御子 日叡が堂塔伽藍を復興した…
 とある。
 
 周囲はしっとりと深い緑に包まれ、
 時折、鳥の声が木霊する静かな佇まいである。
 

瑞香(漢名)

苔の石段

 これまでに、幾度となく仰いだ苔の石段。
 今は昔、祖母によく連れられて来た場所。
 それはまるで、
 近所の公園へ遊びに行くかのような気軽さだった。
 
 石段の下まで来ると、
 祖母は黙ってしゃがみこみ、
 湿った苔にシワだらけの指先を触れ、
 「やや、いいねぇ~、この感触は」
 と嬉しそうに何度も呟いた。
 「きっとあたしの生れ変りは、『苔』だよ」
 なんて、縁起でもなく。
 
 それは、緩む季節のぼんやりと遥かなる記憶。
 見上げれば、
 黒くゴツゴツとした幹の頂端に群生する羽状の複葉。
 
 いつも目にしていた筈なのに、
 今になって改めて気付く歪な鱗片の存在。
 
 日叡は、
 いったいどんな気持ちで、この木を植えたんだろ…。
 
 確かに在った。
 《法難》という言葉の意味さえ知らなかった時分。
 
 月日を経て、初めて気付くこと、思うことってあるんだね。
 

蘇鉄

いつか来た道

 
 祖母は、もうこの世に居ない。
 けれど、今もはっきり覚えている。
 ゆっくりゆっくり参道を歩いて行くその後ろ姿を。
   
 これより ウン十年後、
 どんなふうに見ているだろう、感じているだろう、
 この風景を。